保守点検2日目

昨夜は秩父でお好み焼きを食べて、私は秩父泊。
早朝の露天風呂で頭をはっきりさせて、またまたデニーズで焼き鮭朝食、納豆、深入りカフェ。
スタッフと合流してホールへ。保守点検の続きで今日は整音作業に入る。幸い今回は交換部品は無し。どんどん元の状態を取り戻していくスタインウェイ。
しかし公共ホールのピアノの特性上、最終的には標準的な調整で仕上げます。
公共ホールは、ある時はピアノソロ、ある時は発表会、またある時は歌の伴奏と、使用目的は多岐に渡るし、いろんな好みの人が弾くからです。よって、それ以上に自分の好みを通したい人は当然ピアノを持ち込むべきだと考えています。
ですから、我社がこのホールでレコーディングする時も殆どピアノを持ち込みます。理由は貴重なこのスタィンウェイの消耗をなるべく避けるためです。
大事に使えば良い楽器は一生もの。わが社の1887年ローズウッドさんもバリバリ現役ですから。







秩父ミューズパーク音楽堂の保守点検

春のような陽気の中、今日と明日は秩父ミューズパーク音楽堂のニューヨーク・スタインウェイD(517774)
の保守点検です。
いつもはスタッフにまかせっきりなのですが、先日のコンサートで久しぶりに見たら、またもこもこのぽこぽこにされていたので、本番前にとりあえず治したのですが、今回の保守点検でじっくり、やり残したところも含めて、点検します。
ミューズパークを任せているスタッフは秩父のお隣、長瀞の出身なので、昨夜は実家に泊まり、今日は朝から調整に入っていました。
私は午後に秩父にに到着。とりあえず、秩父名物マジョラムのカレーを食べて、調整に入ります。
いつものように、いろいろなレコーディングで痛めつけられたアクションを元に戻すべく、2日間の調整スケジュールを立て、順番に作業していきます。

オープン以来、お世話になったこのホールも早17年目!を迎えました。この楽器をニューヨーク本社から空輸したのも昨日のように思うけど、この楽器の選定作業や調整、名誉会長のヘンリー・スタインウェイ達と撮影した写真など納品時の模様を残したアルバムを久しぶりに見たら、何とも若い30代のスマートな自分の写真に懐かしい思いで一杯でした。

今やこのホールもレコーディングでは知らない人がいないほど有名になり、スケジュールを取るのも大変なくらい人気になりました。
今年7月に予定している、タカギクラヴィアNYSレーベルでのレコーディングも、ここが連続3日間取れず、やむなく他で録る事になりました。
オープンした時は、こんな不便な山奥で、コンサートやったって、どこから客が来るのだろうか?と皆が心配したけど、嬉しい限りです。
当時は、秋川の(現、あきるの)きららホールや白根桃源ホールなどで録音することが多かったのですが、DENONのチーフ・エンジニアの岡田さん達と「よし!これも何かの縁だから・・」ということで秩父で次々とレコーディングをやる事にしました。

このホールの欠点といえば、ステージの床が太鼓気味なので、弦楽器等は良いけれど、ピアノのように床に直接置く楽器だとちょっと苦労します。
音が締まる場所を探して、 ピアノをステージ上のあらゆる場所に移動したり、さらに良い音を求めるあまり、客席を前5列取り外せるように改造してもらって、ステージから客席に降ろして録音するなど、最高の録音を目指して、あくなき実験を繰り返しました。
そしてこの追求精神は、10年後カーネギーホールを借り切ってそのステージにピアノを持ち込んで録音するところまで、行き着くのです。
我々コンサート部の原点とも言えるこのホールは、その後各社入り乱れて録音で使用されるようになり、ライナーノートに秩父ミューズパークの名前が入ったCDが山のように発売されるようになりました。
それにしてもいろんな事があった秩父。思い出深いです。



面接

ようやく寒さも薄れ、桜の開花予想が出始めて、春の兆しが見えてきました。
今日は朝から来年度の新人君達の面接です。わが社では調律の学校もやっているので、殆どがそこの卒業生から研究生に進む場合が多いのですが、いつもそうだと、どうしてもなあなあになってしまうので時々外部からも採用します。
最近では「スタインウェイ戦争を読んで来ました!」と言う人も時々くるので、面接していても「あ、それサブチャンですね!」とか妙に細かい事を知っていて拍子抜けします。
また最近の傾向として、入社希望の人達に国立大学の卒業生達が増えたのも驚きです。調律の仕事に学歴など何のメリットもないけれど、
大企業や、公務員は夢がなくなり、もっと自由な音楽の世界で働きたいと言う風潮なのだろうか・・。

調律師と言う仕事は、職人技、実力主義、と思われていますが、一般家庭の調律に限って言えば、意外とそれ以外の部分が重要だったりします。なぜなら調律の良し悪しが、一般の人にはまず判断できないことと、お客様の家にまで上がりこむ仕事なので、無口でぶっきら棒な人や、不潔感や不快な感じを与える人は、まず嫌われるということです。中には、靴下の匂いが酷くて断られた人もいたらしい(笑)
故に、こういった一般のピアノを調律してまわるだけの調律師の中には、肩書きや、はったりを振りかざそうとする人が多いのも事実。

しかし、レコーディングやコンサートステージの上では、正に実力主義の世界です。ピアニストがリハーサルで開演ぎりぎりまで練習をして、客入れまで、あと5分しかないのに、低音の反応をもっと良くして欲しい・・とか、次高音の音をもう少し伸びるようにして欲しい・・とか言われることもあります。
そんな時、全ての作業をともかく数分で、解決しなければなりません。ピアニストの漠然とした要求の中から、本当の原因を瞬時に判断して、対処しなければならなず、時間との戦いの中で、孤独な胃の痛むような重圧に包まれます。
そこは「私は、何々音大の調律科を出ました」とか「何たら協会の会員で」とか言ってごまかせる仕事とは次元の違う世界。
また若い技術者が陥りがちな、理論や数字でまくしたててみたって、世界中のスタインウェイを知っている人たちの前では唇寒しだ。
言い訳はきかないしその場で結果を出さなければならない。
また、レコーディングも同じく、そういった作業をプレイバック中の数分で解決しなければならない。しかもその音源がCDとなって残ってしまうから、更にごまかせない。

そういう世界で生き残って行くには、あらゆる修羅場をくぐって、ピアニストやエンジニアの信頼を、実力で次々に勝ち得るしかなありません。
そうすれば、普段飲んだくれていようが、多少の変わり者だろうが、靴下が臭かろうが(笑)仕事がなくなることはありません。
今年の新人君たちは、厳しいけど、もしかすると「君がいなければ、ピアノを弾くのを辞める」とまで、言ってもらえるかもしれない、やりがいのある世界に飛び込んだ事を自覚して欲しい。頑張れ!




青山スパイラルホール

笠懸の録音も、無事終了。今回もスタッフが忙しくて誰も来れないので、一人でピアノの搬入、搬出をして、昨夜無事帰ってきました。

今日は昼12時入りで、青山のスパイラル・ホールにいます。
ここでは昨日23日から25日まで、稲本響と書道家:武田双雲さんとのコラボレーションをやっています。ピアノは搬入エレベーターサイズの関係でニューヨークのBを持ってきています。
私が笠懸でレコーディングをしている頃、うちのスタッフは、衆人注目の青山通りを、ピアノを乗せたごぶチャンで走行していたということ。

書道家とピアノ?どんなコラボレイションなのか見当もつかなかったけれど、見ていてなかなか面白い企画でした。武田さんもピアノには興味があるらしくて、いろいろ話をしました。
私はもちろん例の話を聞いてみました。
巨匠達のピアノの調整と、書道家の筆の話。つまり「書道家の筆には腰がなく、ぐにゃぐにゃしている。こういう筆だと水平だけではなく上下の動きまで表現できるので、芸術的な字が書ける。しかし素人には、腰を固めて先っぽだけ柔らかい筆のほうが書きやすい」という説。
ピアノも、微妙なタッチで即座に音色が変わってしまうブリリアントな楽器より、もこもこ甘ったるくて音色の変わらない楽器のほうがコントロールの未熟な人には弾きやすい。
武田さんも大納得で話が盛り上がりました。
でも数秒で書いた書が、ン万円くらいするのにはちょっとびっくりしました。ピアニストは少なくとも2時間くらいは弾かないと、お金もらえないものね・・。







笠懸でレコーディング 

群馬の桐生に笠懸野文化ホールというコンサートホールがあります。このホールができたのは15~6年前、既にバブルも弾けつつあったのに、バブル時代に計画、設計された箱物行政の音楽ホールがまだ
日本各地にぽこぽこたっていた頃です。
埼玉だけでも、川口リリア、秩父、所沢、与野他続々と、この頃ホールがオープンしました。
私は連日のように、オープンしたばっかりの秩父ミューズパークで、コンサートやレコーディングに明け暮れ、殆ど秩父に篭っていた頃です。(今思い出しても不思議と花粉に悩まされた記憶がありません・・?)

コロムビアDENONのチーフエンジニアの岡田さんと知り合ったのもこの頃で、最高のピアノ録音をしよう!って、秩父ホテル(今は閉館してしまった)の露天風呂で夜な夜な語り合った、苦しくも楽しい時代でした(笑)
その頃、この岡田さんの知り合いでNHKのプロデューサーだった人が館長をやることになったホールが桐生にできたので、録音で使ってみよう、ということになり、できたばかりの笠懸野文化ホールで録音したのです。
秩父のキャパは600人ですが、笠懸は1000人とやや大きいので、秩父ではちょっと苦しい、スケールの大きい曲は笠懸で録る事が多くなりました。
スタッフの皆さんも大変協力的で、今や恐らく日本一レコーディングに協力的なホールでしょう。
ここでは、ウラジミール・トロップや、小林美恵、加藤知子、竹澤恭子などなど、数多くの録音をしました。
CDのジャケットには必ずホールの名前を入れるので、CDの評判が良いとだんだんその他のレコード会社も各社来るようになります。
今では年間かなりの枚数を録音しているようで、なかなかスケジュールがとれない事もあります。
我々はその後よぶちゃんごぶちゃんを開発し、北海道から九州まで音の良いホールを目指して渡り歩くようになるわけですが、その試行錯誤を繰り返していた頃にお世話になった笠懸に久しぶりに戻ってきました。今日から2日間、ショパンやリストのピアノ小曲の録音です。


笠懸の録音で真っ先に思い出すのは、某フランス人男性ピアニストの一件。噂では聞いていましたが、このピアニスト無類の男好きで、日本人の某、某有名若手ピアニストもフランスではボーイフレンドだとか、その手の噂の耐えないおじさん。
調律を終えた頃に、颯爽とコロンの匂いを漂わせてステージに登場!握手する手は何だか柔らかい、おまけに早速ウインクだ!
(私もまだ少しは若かったので)

ピアノは評判通り、すごくうまい。
淡々と録音が進んで、皆でホテルへ。
我々スタッフは何が恐怖だったかと言うと・・・(以下、大人の話)。
つまり「風呂に行く時は皆で一緒に」と決めて、絶対に一人で風呂には行かないようにしていました。
ところが、運悪く一人遅れて夜中に風呂に行った日があって、誰もいない大浴場で緊張して、何度も振り返り振り返り頭を洗った事を今でも思い出します。
もちろん外人は、まず大浴場には入らないので何も起こらなかったけどね(笑)









秩父にて 

今日はまたまた花粉の町、秩父ミューズパークです。
今日は小椋佳のコンサートで、ホールの楽器を使います。
まだまだ続く年度末の追い込みの為、スタッフは誰も行けず、私が担当することになりました。
今日はノルウェー大使館で、グリーグ没後100年記念プロジェクトの記者発表なのだけど、これも行けず、代わりのものを行かせる事にしました。

9時に秩父に入るには朝6時に渋谷を出発することにしています。
関越が混み始める前に出発すると、8時には秩父に入れますが、7時に出発すると、10時到着になる場合があります。
さて、予定どおり8時に秩父に到着して、いつものデニーズで、いつもの「焼鮭朝食を納豆で、深入りカフェを先に」と注文します。先に深入りカフェを飲んで頭を覚醒させ、食後はアメリカンをお代わりします。(そんな事どうでも良い)

9時にホールに入ると、いつものクラシックとは違って、ポップス等の場合は大体仕込みと言って、大道具さんが舞台を作っています。
その間ピアノはステージに出せないので、仕方なくピアノ庫で調律することにしました。久しぶりに見る秩父のニューヨークスタインウェイはやっぱり素晴らしい楽器です。
残念な事に、私のコンサートホール調律開放ポリシーにより、いろんな調律師がいじくるので「おいおい、またやってくれおったな(笑)」という感じで、もこもこの音にされていましたが、治せば良いだけの事なので、何も目くじら立てて怒ることでもありません。
このホールは圧倒的にレコーディングが多いので、「ピアニシモが出せないピアニスト、マイクを近づけ過ぎるエンジニア、ピアニストの言いなりになる調律師」この3羽ガラスが揃うと、必ずピアノはもこもこにされます。こういった場合、「おやおや可哀想に、この調律師、とうとう行き詰まったんだね・・」と思うことにしています。
早速、日本的になってしまったピアノを元通りに発声させられるよう
VOICING。今日はクラッシックではないし、PAも入ります。マイクの種類を聞いたらAKGとのことなので、いつもより少し甘めに味付け。
全ての作業を予定どおり11時半に終了したので、あとはリハーサル終了後の直し、17時まで暇だ。

そんなわけで前から気になっていた、奥秩父の温泉までひとっ走りして、露天風呂に飛び込んだ。
のんびり風呂を楽しんで、戻ってきたら、そろそろリハーサルも最後の曲。リハが終わってピアノのチェックをやろうと思ったら、ピアニストより「何も問題はありませ~ん」との事なので、一応チェックはしたけど、調律の直しもなく、鍵盤だけ拭いて、私の役目は終了。
まだ若かった頃、聞いていた小椋佳。ン十年後にその人と同じステージで、一緒に仕事するとは思いませんでした。
でもみんな年取ったね(笑)





プライム サウンド スタジオ フォーム 

池尻大橋にあるエイベックスのレコーディングスタジオ。
通称浜あゆスタジオ。
ここにはニューヨーク・スタインウェイのBが入っています。
今日はピアノの保守点検。

このスタジオからは、多い時はほぼ毎日調律依頼が来ます。
使用頻度が高いので今年はオーバーホールをやる事になりました。
ここは会社から歩いてでも行けるので、とても楽です。
時には夜遅くに「急なんですが明日調律お願いできますか?」と電話がかかってくることもありますが、事務所で「そろそろ行くかぁ・・・」なんてのんびりしていると、スタジオから「あのー調律の方まだ来ないんですけど・・」と電話がかかってくることもあります。
そんな時も5分で駆けつけられるので、何とかなります(笑)
なまじっか近いと安心してしまってダメですね。反省してます。

ポップスではとても有名なスタジオなので、CMやCDで流れているこのニューヨーク・スタインウェイの音を、皆さんもどこかで聞いていることでしょう。






さいたま芸術劇場

久しぶりのさいたま芸術劇場。
今日はNHKの仕事で、曲目はグリーグのヴァイオリン・ソナタなどなど、先月の青葉台フィリアホールと同じプログラムです。
以前はこのホールも録音でよく使いました。なかなか豪華な作りで、高級感がある割には使用料が安いので、なかなか予約が取れません。ホールとしては少し響きすぎるので、ピアノやヴァイオリンの録音にはてこずる事もありますが、古楽器などにはとても向いてます。

以前は不便な場所だったのに、最近はこの与野市も大宮市と合併し、大宮西口再開発とともに、埼玉アリーナができて、与野新町と言う埼京線の駅もできたので、すっかり変わりました。
ピアノを搬入、調律して、いったん埼京線で渋谷に戻ってみたら、乗り換えなしでびっくりするくらい早く渋谷に戻れました。
会社に寄って、次は東横線でみなとみらいホールへ。19時から、1月に山中湖円型ホールでご一緒したプーレさんのコンサート。
楽屋でプーレさんと次の仕事の打ち合わせをして、渋谷に戻ってきた頃に、ちょうど別のスタッフから「今、さいたま芸術劇場は無事搬出が終わって、トラックで戻り中」と言う連絡が入りました。
今日も東奔西走です。







ノルウェー大使館にて

今日は「グリーグ没後100年プロジェクト協力に感謝して」という事で、 ノルウェー大使からプロジェクト実行委員会のメンバーともども、大使館での昼食会にご招待いただいた。
わざわざ私のスケジュールに合わせて頂いたのに、急遽仕事が入ってしまい、残念ながら代理のものを行かせました。やはり、ノルウェーサーモン等の海の幸コースで、おいしかったらしい・・残念。

2005年はノルウェーと日本の修好100周年で、愛知万博ではEXPOドームでの「ノルウェー王国 ナショナルデー」イベントに、スタインウェイを貸し出ししました。話をしてみると、現在の広報担当も現場にいらっしゃったとのこと。その頃から何だか縁があったのかな・・?



レコーディング2日目

昨日でほとんど録り終えてしまったので、今日は余裕だ。
お昼にマジョラムのカレーを食べに行って、午後からのんびり録りはじめた。クライスレリアーナ全曲を一気に通して弾いて、1度もプレイバックは聞かない。他の曲も殆ど同じだ。レコード会社としては、ほとんど編集をしなくて済むので、楽と言えば楽。
ピアニストの干野さんは、今日もF1を大へん気に入って、朝からずっと弾いています。

この楽器は前回のオーバーホールの時に、弦圧を少し落として、枯れた音の倍音が出やすいようにフレームの位置を調整しました。
ちょうど1年前、魚津で録音した「展覧会の絵」では、この効果がバッチリ出せて、してやったり!と喜んでいたので、記憶にある人もいるでしょう。
干野さんから6月16日、浜離宮でのリサイタルにも、このF1を持ち込んで欲しいとのリクエスト。ちょうどこのCDの発売が間に合えば、録音で使用したピアノで、リサイタルを聴くという贅沢が体験できますので、是非聴きに来てください。うまいですよ~。

今日はN響のメンバーとのアンサンブル・コンサートが、青葉台フィリアホールで重なっていて、そっちにはハンブルグDをアーバン+ごぶチャンの組み合わせで貸し出ししています。
秩父はデュトロ+よぶチャンの組み合わせなのですが、年度末でスタッフは大忙しのため誰も来ていません。初心に帰って、一人でフルコン搬入、搬出。トラックも一人で運転。

「最高の条件を、最も安い経費で」を実現できるのも、企業努力とこのシステムのお陰!
わが社では、トラックはいわば調律カバン。
その中に「ピアノごとすべて入ってます」を実践している訳です。






秩父でレコーディング

怒涛の6台ピアノから一転、今日から、秩父でシューマンのクライスレリアーナ、モーツァルトのバリエーションやベートーヴェンなどなど、ピアノソロのレコーディングが始まりました。
ピアニストの干野さんは、今回どうしてもF1で録音したいと言うので、F1を持ってきました。
彼とのレコーディングは3回目ですが、ともかく全ての曲を暗譜で、しかも全曲通しで弾くつわものです。モニター室で聞いていると、まるでコンサートを聞いているよう。全体に音楽が流れていて、一緒に仕事をしていて楽しいのです。やはり今回も最初から通して2回弾いて、しかも決してプレイバックを聞きに来ません。
こちらとしてはちょっと困ります・・・調律の直しもできないのですから(笑) でもある意味録音の理想のように思います。
最初から「難しい部分は編集で繋いで・・・」と言うのが当たり前のようになっている昨今のレコーディングからみると、実に新鮮。

彼のように非常に巧いピアニストにはF1はピッタリです。
「今までピアノという楽器に対して、あきらめていた限界が取り払われて、音楽的に無限の可能性をどんどん発見できることが実に楽しい。いろんな色が表現できて実に奥深い。スケールがまるで違うピアノだ。」云々が彼の感想でした。
この楽器の秘めたポテンシャルを即座に発見してくれるピアニストは、殆ど同じ感想を述べます。私がこの楽器に求めている部分を、説明しなくても弾けば判ってくれるというのは実にうれしい。

我々コンサート部貸出用の10台のコンサートグランド達は、それぞれ個性的な調整が施されています。
普通のコンサートホールで良く見かけるような普通の楽器から、1887年製ヴィンテージなどなど、多種多様あらゆる好みに答えられるラインアップがある中で、このF1はフラッグシップと位置付けており、バリバリにチューニングアップした楽器です。
鍵盤のダウンウェイトは43グラム前後なのに、アップは23グラム前後、を確保する。2.5ミリも鍵盤を戻せば、次の打鍵が可能になる。
そのままppppの連打からffffの連打まで、あらゆる指のコントロールに忠実に鍵盤は反応する反面、タッチの強弱で簡単に音色が変わってしまい、不用意なタッチはそのまま音色や音量のむらとなって、表れてしまいます。
タッチの強さと音量は正比例せず、多くのピアニストは最初戸惑う。
しかし、この楽器のポテンシャルをそこに見出すことができる、ごく限られたピアニスト達は、皆同様に、この楽器がF1と呼ばれる意味を発見する・・・そんないつもの話をおかずに晩御飯を夢庵で。毎度の豆腐チゲ鍋セットを食べながら、自己満足ごっこで盛り上がり、寒い秩父の夜は更け行く(笑)
クラシックはやっぱり面白い。

追伸、今回の最大の苦しみは、やっぱり秩父の花粉でした。
一日中ゴーグルをしてたから目は痒くなかったけど、100%鼻づまりで夜も眠れず。ピアノの調整をしていると、水っ鼻がツーーーっと鍵盤の上に!あわてて指でぬぐったけど、またまたツーーっと。
ピアニストには内緒ですけどね。
さて明日は最終日です。秩父名物、マジョラムのカレーを食べるぞ!








本番当日

時差ぼけのため、昨夜は23時頃爆睡して、ぱっちり目が覚めたらなんと夜中の1時。2時間しか寝ていない。
ニューヨーク時間では昼寝をしているわけだから、長い時間眠れるわけがない。朝まで2時間睡眠を繰り返し、あっという間に集合時間の8時になってしまった。
皆で朝食をとって、ホールには9時入り。早速温度湿度をチェックして、ピアノのチェック。細かいところをひろい調律しているうちにサウンドチエック開始。マイクテスト。そして、もうリハーサル開始。客席で聞いていると寒気がしてきて、どうも体調を壊したみたいだ。

リハーサルが終わっても、みんな楽屋や練習室に戻らずピアノのそばからなかなか離れない。6台の再調律の時間がどんどんなくなってくる。やっと舞台からいなくなったと思ったら、またどこからか別の人が現れて、弾き始める。やっと終わったかと思ったら、別の人を呼びに行こうとする。(笑)
それでも開場30分前にはなんとか全員楽屋にお引取りいただいて、再調律開始。今回ばかりは、殆どやったことがなかったけど、開場中、休憩中も調律に入る事にした。なにせ、6台ですから・・。

いよいよ本番。そしてやっぱり・・山下さんオープニングからパワー全開!拳、肘うち連発!それに刺激され、国分さんまで、肘うち、拳!佐山さんも拳!全員、ハイテンションで、ピアノおよび調律の耐久テストに協力してくださる。さすが最終日!
そのまま、ノリノリで、アンコールまで突入!1350人満員御礼のお客さん大喜びで終了した。

その後、ホールの練習室でシリーズ終了の打ち上げ。
皆、最後まで調律が殆ど狂わなかった事を不思議がって、「浜松では8本も弦が切れた」とか、恐ろしい話で盛り上がった(笑)
頭痛ガンガンのなかで、取り合えず責任を果たして、私も満足!
今日も旨い酒が飲めた。






ジャズ6連弾

時差ぼけも覚めやらぬまま、早朝から楽器を積んでひたちなか市に向けて出発。今日は、ジャズ6連弾最終日公演の仕込み日だ。
この最終公演は、6台全てがタカギクラヴィアからスタィンウェイDの持込となります。この1ヶ月半で4公演の最初と最後を担当したけど、6台全てスタインウェイで揃うのはこの最終公演のみでした。さすがにフルコンを6台同じメーカーで揃える事は、各社難しいらしく、その辺は持ち込み得意の我がコンサート部の面目躍如といったところですね(笑)
もちろんフルコンが全部出払ってしまうと他の仕事にも支障がでるので、サロンやスタジオ、工場などお留守番のピアノたちもそれぞれ大忙しでした。

今回はサブちゃんも大活躍。昨日のうちにフルコン4台を積んで朝9時にホール集合。
いざホールにピアノが並び始めると、1月の横須賀の悪夢を思い出す。さらに今回は時差ぼけの嵐の中、絶不調の体調だ。例によって、1台をマザーピアノと決めて、それを基準に5台を合わせていく。やはり体調が悪い・・頭が痛いし、眠い。今回は最終公演で、みんな相当にテンションが高いだろうから、6台のピアノたちは耐久テストに突入するに違いない。それに耐える調律をするには、いつもより1本1本確実に、ピンと、弦の摩擦の感触を指先に感じ取らなければならないので、本当に神経を使って疲れる。これも 試練とばかりに頑張る。

本当に調律師の仕事って、孤独なものだと思う。「ピアニストは孤独だ」とよく言われるけど、こうやって6人一緒にわいわいと仕事ができるではないか。調律師は隣で一緒に調律でもされたら、そのうちケンカになるだけ(笑)
そんな馬鹿なことを考えながら、もくもくと調律。明日は日曜日なので、開演時間が15時と早い。ゆえにリハ開始は11時、その前に音響照明のチェックがあるので、朝9時入りのあとは殆ど調律の時間はないので、今日中に終えなければならない。

ともかくふらふらになりながら、ようやく退館時間の21時5分前に6台終了。飯を食う暇もなかった。スタッフ4人も同じホテルに宿泊するので、みんなで、居酒屋で遅い晩御飯をとって、風呂も入らずバタンキューーー。







ニューヨーク出張

早くも3月です。
社内ミーティングのためニューヨークに行ってました。
今回は出張時にいつも使っていたveraizonの携帯電話をついに捨て、アメリカでも使えるdocomo FOMAに変えてみました。
日本の携帯の進歩は素晴らしく、通話は勿論、メールや絵文字、写真も送れる優れもの。
さて、JFKに着いたら、寒いのなんの、入善の暖かさに比べるとまるでスキー場。それでもマンハッタンに入った昼頃には体も慣れ、早速仕事の打ち合わせ。FOMAの携帯はなかなか調子よく、メールもさくさく、通話もびんびん。調子に乗って東京と長話。
おかげでミーティングもスムーズに進む。


2日目はグランドセントラル駅から現地スタッフの自宅スタンフォードまで行き、彼の車でルイスのファクトリーに行きました。
そこで珍しい楽器を発見!CD75(1912年製)です。
ホロヴィッツ愛用のピアノとして最も有名で、1983年初来日の際、あの衝撃的なホロヴィッツ・サウンドを奏でたピアノ。
なんでも偶然アクションの修理に入ってきたらしい。
「売るの?」って聞いたら、今のオーナーは「One Million(約1億2千万円)」なら売っても良いと言っているようです。
実は1992年頃、ニューヨークでこのピアノを売ると言う話を聞いて、話を進めた事があるのですが、その時はすでにワシントンの業者の手に渡っていて、値段の交渉をしても、のらりくらりと、なかなか値段を出さない。確かホロヴィッツが日本から帰るときには、700万で売っても良いと言ってたらしいけど・・・今はホロビッツが死んで(1989年)間もないし、プレミアがついてるかも・・・などなど思いつつ待って、やっと1週間後に出てきた値段が「One Million」!勿論買えません(笑)
それから約15年ぶりのご対面でした。

残念な事に、アクションはすでにレンナーに交換されていて、昔の面影は皆無です。ホロヴィッツが1979年にワシントンでコンチェルトをやった時、このピアノを弾いている写真も飾ってあったけど、この辺のアメリカ人の価値観が理解できない。
まだこのCD75は、アクション以外はかろうじてオリジナルを保っているから救われるけど、「ホロヴィッツ・ピアノ」としての価値を売るのに、なぜ部品交換をして、音色やタッチを変えてしまうのだろうね。
こういうピアノを見ると、グレン・グールドの有名な話を思い出す。
彼が気に入っていつも借りていたスタインウェイ・コンサート部のピアノを、スタインウェイがオーバーホールをして新品のハンマーにかえてしまい、当然元のような音が出なくなってしまったためグールドはがっかりして、次の録音ではヤマハを使用した。が、その2年後には死んでしまったので、結局2度とスタインウェイを弾くことはなかったという話。
先日、日本で展示会をやった「ホロヴィッツ・ピアノ CD503」も、アクションはおろか、外装の全塗装まですっかりリビルトされてしまって、オリジナルのタッチ、音色の面影すらなくなってしまった。あ~あやっちゃった・・って感じかな。ブルータス・・お前もか・・。

話がそれたけど、ルイスのところには、他にもCD18というナンバーのピアノも入っていました。
このCDナンバーを持つピアノは、スタインウェイ・コンサート部の貸出用ピアノの事で、当時(1990年頃の話)は、本社のベースメントに常時47台ほどあって、ほぼ7年で入れ替えていました。
著名なアーティストが気に入ったピアノは、その後も使用されていきますが、お役御免になったピアノは売りに出されるので、今でも時々見かけます。値段は特別なストーリーがない限り、普通のピアノとあまり変わりません。
ところで、CDの意味は、Concert Departmentの略ではないかと、殆どの人が思っていますが、本当はConcert Dの略、つまりフルコンのDの意味です。スタインウェイのコンサート部にはD以外にも、サイズの小さいBやLもあって、この場合はCB、CLと表記してあります。
ちなみに、タカギクラヴィア・コンサート部の貸出用ピアノもCDと表記
していますが、うちの場合はConcert&Artist Departmentの略のCDなので、意味が全く違います。
したがって、B型はCDB、ハンブルグのフルコンはCDH、と区別しています。 

またまた話が反れたけど、中二日で、ニューヨークから戻り、28日の午後3時に成田着、大渋滞の中、渋谷に戻ったのが夕方6時。夜は会社でミーティング。
3日からまたまた6台ピアノなので、準備、準備。

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