グリーグ没後100年記念、ピアノ作品連続演奏会

江口玲とゲストにVnの木嶋真優を迎えてのサロンコンサート。

60人定員の松涛サロンも、江口君のコンサートともなると、何と即日完売。

無理を言って、昼の部を設け昼夜2回公演をやる事にしました。

それでも120席完売のため、招待席も作れずゴメンナサイ。


曲目はVnソナタ2番とピアノソナタ、その他小曲など。

なにせ、何百人のホールでしか聞けないようなアーティストの演奏を目の前で聞ける迫力に皆さん大喜びで、熱気溢れる演奏会でした。

Vnソナタは、有名な3番ではなくて、2番なのが、グリーグ連続演奏会らしくて良かったね。

神栖市文化センター

稲本ファミリーコンサートも後半戦。今日は茨城県の神栖市。
昨夜は、トラックだけ先に帰ってもらって、私は上尾のビジネスホテルに泊まった。
と言うのは、未だに治らぬ重症のじんましんに耐え切れず、友人の主治医にメールをしたら「即刻来院するように」とのことで、しぶしぶ今日は病院入り。朝一番で血液検査と、ステロイドの点滴。
そんなわけで、ちょっと遅れて、神栖市に行くことになった。

神栖とはどこかと思いきや、茨城県の海側、銚子の近く。成田を通り越して、海のほうまで行ったところだ。
13時搬入終了とのメールが入った。私は14時に到着。
すでにピアノはステージでスタンバイ状態。
調律を終えた頃に稲本組到着。
皆、体のことを心配してくれて、お父さんと病気自慢(笑)

初めての神栖は結構大きい町で、住みやすそうで気に入ったけれど、帰りがけに見かけた大きい看板に、スローガンが書いてあった。
「神栖に警察署を!」
警察が無いのか?この町は・・。






矢板市文化会館 

稲本ファミりーコンサート2日目は、栃木県の矢板市文化会館。
今回の同行スタッフは、矢板市出身なので、おととい群馬県の渋川から渋谷に戻った3トントラックを、昨日のうちに矢板の実家まで乗って帰ってもらって、今朝ホールの近くで合流して搬入した。

この矢板市文化会館は、今回のスタッフが小学校の時にピアノの発表会で出演したことがあるらしいので、昭和40年代に建ったであろうと思われる。
この頃の市民会館は、搬入口が高い事が多い。
昔のトラックは荷台が高かったので、それにあわせたらしいのだけれど、過去最高に高かった搬入口は、岩手県宮古の市民会館だった。
その時の事は、スタ戦にも書いたけど、高さなんと160センチ。
今回の矢板は132センチだから、宮古ほどではないけれど、サブチャンでも恐らく一苦労すると思う。
とはいいつつ、宮古の時のエンジン付きのよぶチャンから、電動ごぶちゃんに進歩したおかげで、鼻歌交じりで楽々搬入。
これも、2500回を超える搬入の実績と進化のたまもの(笑)
今夜も満員の矢板市文化会館を後に、明日は茨城県の神栖市だ。

打ち合わせ

久しぶりに会社にいるので、いろんな人との打ち合わせは今日にしてもらった。
午前中は出版関係の人と、本の打ち合わせ。
1時間ほどの予定が、話が脱線して大幅に延びてしまった。
昨今のクラシック業界の悩みは皆さん同じらしい。
今日は午後からも3人の人と会わなきゃならないので、これまた疲れる1日だ。

稲本ファミリー・アンサンブル

今日から稲本ファミリーコンサート、関東5箇所でのツアーが始まります。
初回は群馬県の渋川市民会館。残念ながら、響の愛用するF1は、未だニューヨークから戻って来れず、このツアーには、先日名前が付いた「ベーラ」が全公演同行することになりました。
大坂ではお馴染みの稲本ファミリーコンサートですが、関東では7~8年前の紀尾井ホール以来の公演です。
その時に比べて、次男の渡君もすっかり大人になり、今や響を越す人気です(笑)
今日も大入り満員の渋川は関西風のギャグに大うけ。
搬出を終えて、千葉に帰るスタッフを渋川の駅で降ろして、23時半頃会社に戻りました。

ピアノのPA

昨日寒いくらいの旭川から帰ってきて「そうだった、東京はまだ夏が終わっていなかった・・・」と思い知る。
この気温の差は、体調のすぐれない体に堪えます。

今日は高橋多佳子さんの仕事で、ニューオータニにピアノを持ち込みます。今回は高橋さんとVnの吉田恭子さんとの共演らしい。
ホテルの会場はどこも、床は絨緞張りで、恐ろしくデッドな空間なうえに、1メートル高ぐらいの仮設のステージを組むので、まるで空中にピアノが浮いているような状態。環境は最悪に近い。
客席に聞こえている音は殆どがPAさんが作った音です。
そのため、初めてのPAさんと仕事をする時は、まずマイクの種類と、ピアノのどこにマイクをセットするかを見ます。
それによって、彼らのキャリアと大体の腕がわかるので、なるべく過激な音にならないように、調整します。

ハンマーの打弦点のすぐ近くにマイクをセットする人は要注意です。
ハンマーが弦を叩いている部分は一見、音がそこから出ているように見えますが、実際はそこから大きく離れた駒の部分が発音部分なので、駒に近い部分のほうが、そのピアノの特徴をよく拾ってくれます。また、マイクをアクションに近づければ近づけるほど、コツコツ、カタカタといった鍵盤が下に落ちる時のノイズや、ダンパーが弦にかぶさる時のノイズを拾ってしまいます。
マイクの位置はそのエンジニアの腕次第ですが、ピアノの音を拾うのが1番難しいと、殆どの人が言います。

ダイナミックレンジの広さ、音域の広さ、音源の発音部分の広さなど、確かにピアノのPAは難しいと思います。
本来アコーステイックな響きで鳴らしたいのだけど、いろいろな事情で、それがかなわない時に、その部分を補ってくれるようなPAが理想なんだけど、いかにも「PAが入っています!」となってしまうことが多いので、困ります。クラシックの場合のPAは、入っているのかどうか気がつかないくらいが、ちょうど良いのだけれど、こういったエンジニアにはめったにお目にかかれません(笑)



旭川の思い出

今朝の旭川は何と6度。
ホテルの朝食を食べて、9時にロビーに集合。
主催者の方に旭川空港まで送ってもらった。

車中で、懐かしい旭川の風景を眺めながら、19歳の頃を思い出した。
18歳の頃、ボサノバのギター弾きのバイトをしていたのですが、だんだん仕事が増えて、このままギタリストでずっと仕事をしようと決めていた矢先、不慮のトラブルに巻き込まれ、右指3本の筋を断裂。
目の前真っ暗で、やけっぱちの頭を冷やそうと、ヒッチハイクでたまたま行き着いたのが、旭川。とっても親切なおすし屋さんに拾われて、家族同然の待遇に甘えて3ヶ月も居候。

8月の末になったら、北海道も秋。すでにギター弾きはあきらめたけど、音楽の世界で何とか食べて行くにはどうすればよいか・・・と考えて、ふっと思ったのが調律師。
もう表舞台には立てないけれど、裏方一本で生きていこう!と思い立ったら無性に帰りたくなってすし屋の女将さんに相談。
何と女将さんは帰りの航空券、バイト先の八百屋のお父さんは輪ゴムで止めた大量の100円札(当時最後まで北海道には100円札があった)、板前のお兄ちゃんはぴかぴかのジャケット。
行きと帰りでは雲泥の差の恰好で、東京に舞い戻った。

それからは遅れを取り戻そうと、必死であがいて今日まで来たけど、この旭川は、調律師になろうと決めた思い出の地でした。
あの「たきや寿司」さん、ご無沙汰で不義理をしていますけれど、元気でやっています!感謝しております!
いつかご挨拶にお伺いします!(笑)

そんな事を思い出しながら、旭川空港10時10分発のJALでたった1時間半。昼前には羽田に着きました。
江口君もこれから松涛サロンに行くというので、タクシーで休日の高速をスイスイ。12時過ぎには渋谷に到着。飛行機って早いね。





懐かしい旭川大雪クリスタルホール

10年前と何も変わっていません。
ただ、その頃お世話になったスタッフの方々はさすがにみんな異動になり、知った顔の人は誰もいません。
それだけは月日の経った事を実感させられます。

ステージに上がったら、今日のピアノがすでに用意されていて、何人かの人が待っていた。
その中から、このホールの調律を担当している人が名刺を出して「勉強の為に仕事を見せて下さい!」と挨拶にきた。困ったなあ…。
「私はホールのピアノはよほどの事がないと、いじらないから、見てもつまらないよ」と言ってはみたものの、ピアノの状態がどうなのか?気になるので、パラパラと弾いてみる。

調律はなかなか良くできているけれど、連打が効かないのと、全体が少しべったり鳴りすぎる(真ん中から上にかけてクレッシェントするようになるほうが音楽的に弾きやすい)、全体の粒を揃えるなど、気が付いた事を言った。
その対処法として、連打はスプリングをもっと強くして、特に高音部にかけて強く。バックチェックの加えをもっと高い位置で加えるようにする事。それが不可能なら、その障害となっている部分を根本的に見直す事。
音に関しては90年代スタインウェイの特徴的な音ではあるが、中音部分をもう少しメロウにしてあげれば、音楽的にもっと弾きやすくなると思う。などなどの自分なりの感想を述べている間、彼は一生懸命ノートを取っていて、なかなか勉強熱心な人でした。

スタインウェイの調整には実際いろんな方法があり、これ以外は間違いだ!と言う人が間違いだということを、私はニューヨークで学んだ。
いろんな方法があるからスタインウェイは奥が深くて面白い。
90年頃にフランツ・モアがスタインウェイの調整マニュアルを作ったけれど、実際に彼も全てこの通りにやっている訳ではない。
それはヤマハのように精度が高くないので、おのずと1台1台にあった調整値が存在するからだ。マニュアルは単なる参考でしかない。
だから、スタインウェイを調整するには、音色やタッチの感触など数字で表せない部分の経験を積むことが大切である。
こういった研究熱心な、若い後輩たちが頑張ってくれる事を祈りつつ、ようやく調律を始めたら、今度は館長が挨拶にみえて「スタインウェイ戦争を読みましたよ!」とかで、また長話(笑)
そんなことしてたら、江口君登場。早速ピアノの指慣らしが始まった。道具を閉まって続きはリハ後にやる事にした(笑)


北海道にやってきました

未だ続くじんましんの為に、今朝病院に行ったら注射を打たれました。

午後から用意をして、夕方のJALで旭川に。
東京は32度の残暑だったので、半袖のポロシャツ1枚で空港に降りたら、旭川はなんと12度。
一緒の飛行機だったVnの渡辺玲子さんと、お迎えの車に乗って今回の宿泊先、旭川グランドホテルに到着。

旭川は7~8年ぶりかな・・・?旭川大雪クリスタルホールには、DENONの録音で毎夏来ていた時期があったので懐かしいです。
今回は日本音楽財団のコンサートで、旭川とウィーンの音楽交流10周年記念のもの。使用されるのは1736年製グァルネリ・デル・ジュス「ムンツ」で、2月に浜離宮朝日ホールでも使用された名器です。

今夜はかって知ったる?旭川の町を散歩して、懐かしい居酒屋で小樽の秋刀魚塩焼きと鮭の刺身と地酒で出来上がり。
旭川は道央と言っても、やっぱり、魚はうまい。







プロアルテムジケ レコーディング2日目

朝8時に渋谷から井の頭線に乗って、明大前から京王線に乗り換えて終点の橋本に9時頃到着。
急行だと南大沢の隣だ。南大沢文化会館では、ジェルメーヌ・ムニエの「ショパンへのオマージュ」というアルバムを録音した。
今では、それがムニエの遺作となってしまったが、その時楽屋でムニエのインタビューも録画した。
戦前のヨーロッパにおけるピアノ事情を語ってもらった際、「1930年、ホロヴィッツがパリで初めてコンサートを開きました。彼はアメリカ製のスタインウェイを持ってきていましたね。私はそのコンサートを聞きに行って、初めてスタインウェイの音を聴いたの。とってもいい音だったわ」という話があった。

当時は「スタインウェイはドイツ製のピアノなんだから、クラシックはハンブルグのスタインウエイで演奏するのが正当。アメリカ製のスタインウェイなんて・・・ジャズを弾くなら良いけどねえ・・」などと思っている音楽関係者がほとんどだった。
私1人が「スタインウェイはアメリカが本家で、ヨーロッパでも主流になったのは戦後の事。戦前、ドイツではベヒシュタインが主流で、フランスではエラールやプレイエルを弾いていた」と説いていた時期なので(笑)、ムニエの話はまさにそれを証明してくれた。
日本のクラシック業界は長いこと、本当のピアノの歴史を知らなかったわけだ。
そんな事を思い出しながら、終点の橋本駅に到着。

今日は全てピアノ・ソロの録音をするらしい。フランスものばかりではなく、リストやメンデルスゾーンの小曲も録る予定。
調律は10時半アップだ。
ピアノもなかなかご機嫌がよろしいようで、今日も良く鳴っております。午前中はメンデルスゾーンの「花の歌」を録りました。この曲は昔、水虫の歌と言う歌詞で、流行ったのを覚えていますか?

録音は今日までなので、終了次第ピアノを搬出するのだが、今日の撤収チームは「誰でもピカソ」の収録と重なっており、番組収録終了後、砧のスタジオでピアノを搬出して渋谷に下ろしてからこっちに向かう予定になっている。
しかし、メインの秋川雅史さんのスタジオ入りが遅れたため収録が押しているらしく、橋本への到着が大幅に遅れるかも、とのメールが入った。やれやれ、こんな時、総合ビルの中にあるホールは、退出時間の融通が効かないので大変だ。
最悪シャッターの外までピアノを押していかなければ!

今年の春、ソプラノの佐藤美枝子さんと「千の風にのって」を録音した時のことを書きましたが、会社に戻って「秋川さんの千の風に~のCDって売れてるらしいな!」と言ったら、「社長、秋川さんとは以前レコーディングした事ありますよお。」と言われてびっくり。
5年ほど前にコロムビアから出したデビューCDをやったらしいのだけれど・・・そういわれてみればそんな事があったような・・。どうせなら100万枚売れた千の風の方をやりたかったな(笑)

レコーディングの立ち合いは、ピアノが安定していれば、のんびり時間があるので、こんなバカな事を考えながら、さかのぼって日記をまとめ書きています。暇な人は前に戻って探してみてください、意外と見落としているかもよ!




プロアルテムジケ レコーディング

昨日、上野奏楽堂の仕事が終わったあと、ピアニストと前から約束していた、池袋の「秋吉」に行って焼き鳥を食べた。
「福井県民なら誰でも知っている『秋吉』。1人30本は軽く食べる」---
そんなお国自慢のテレビ番組を見て、福井県出身のピアニストにメールをしたら、「ほんとだよ、池袋にもお店があるから連れてってあげる!」ってわけで、なぜか御馳走になってしまった。
恐るべし秋吉。
宮崎で地鶏を食べ損ねたうらみか、腹いっぱい焼き鳥を食べた。
酔っ払って渋谷に戻って、少し寝たと思ったら、もう出発時間だ。

今日と明日はプロアルテムジケの仕事で、橋本駅前にある「杜のホールはしもと」で、ピアノソロ&ピアノ+チェロのレコーディングです。
フランス在住でフランス育ちの宇宿さんは、姉がピアノで弟がチェロ。
今回が2枚目のレコーディングです。
勿論、曲目はドビュッシーの喜びの島や、ラヴェルのパヴァーヌなどのフランスものです。今日持ってきたピアノは、1枚目の録音にも使用しました。

杜のホールは、できてから6年目の新しい綺麗なホールです。
コンサートでは何度か調律にも来たことがありますが、録音は初めてです。
駅前なのに搬入も楽だし、食事をするにも、ビルの中にレストラン街があって便利。
録音は順調に進み、今日は京王線で渋谷に帰ります。







旧東京音楽学校奏楽堂

上野の奏楽堂に行って来ました。
フランス歌曲の夕べという催しです。調律は13時入り15時アップ。
今日は持ち込みではなく、調律だけに入る、普通の調理師です。

久しぶりに奏楽堂に来てびっくり!またまた新しいスタインウェイが入っていた。奏楽堂といえば、あの由緒ある古いベヒシュタインはどこに行ってしまったのやら・・・。
私個人的には、この奏楽堂の雰囲気は大好きで、日本の西洋音楽史の発祥地であるし、現に日本最古の木造の洋式音楽ホールとして国の重要文化財に指定されているのだが、それは建物だけらしい。

調律していると、のどかというか平和というか、トラックがバックするときのブザーが、ピーピー聞こえたり、道を歩く人の話し声まで聞こえる(笑)まるでヨーロッパの教会や、街のホールのようだ。
クラシックが身近にある、あの雰囲気だ。
日本にも、滝連太郎が、ここで学んでいた時代にはこのような香りがあったという生き証人であり、今のコンサートホールには、絶対にない雰囲気だ。
舞台には、チェンバロや、パイプオルガンの操作台やら、いろんなものが、置いてあって、まるでオペラやミュージカルのセットのような趣があるのに、なぜここにプラスチックのピカピカのスタインウェイを置くのだろう‥。
いや、スタインウェイだから駄目なのではなく、ヤマハでもベーゼンでも駄目だ。ここには大正時代のベヒシュタインがよく似合っていた。
新しいスタインウェイに買い換えて欲しいと、誰かが陳情したのだろうか?そんな人は同じ敷地の文化会館で弾けばよい。
文化遺産には楽器も文化遺産のような楽器を置いておくべきだと思う。あのベヒシュタインの音を聞きたかったなあ。
そのほうがクラシックには合ってると思うし、まさかここでポップスやジャズをやるためにピカピカ新しいピアノを買ったのではないだろうに‥。
東京都民として、重要文化遺産をぶち壊すために貴重な税金を使われたことを矛盾を感じるのは私だけだろうか?

アキコ・グレース Piano Mode録音

毎月サロンで録音している、Piano Modeシリーズ。
iTuneなどで毎月配信されており、今日は11月分の録音だ。
題名は真空の湖。
水は真空中では存在しないから、もちろん想像の世界。真空の宇宙に水が放出されていくさまをピアノであらわしているらしい。
想像しながら聞いていると、何となくわかる。(笑)

今回は、ついでにファンクラブ用のプレゼントCDも録音した。
先月のミーティングでファンクラブの人たちに何か特典をつけようということになり「アキコ・グレースがあなたの誕生日にオリジナル編曲版 Happy BirthdayのCDを送る!」の提案が採用されたというわけ。
アキコ・グレースは、先日の湾岸スタジオで試したチェレスタがいたくお気に入りで、ハッピーバースデーはチェレスタで弾く事になりました。
このチェレスタはコロムビアの赤坂スタジオが閉鎖された時に、4台のピアノ達と共に引き取られてきたものです。
未だに側面に「COLUMBIA」と書かれたこの楽器は、フランスMUSTEL社製の名器で、コロムビアスタジオ時代には多くの名曲の録音に使われました。
数年前から余生をタカギクラヴィアでひっそり過ごしていましたが、なんだか俄然、今年は出番が増えました。
特に夏休み中、ブラスバンド大会への貸出依頼が多く、予選・関東大会と引っ張りだこで、埼玉・群馬まで行ったり来たり。
おまけに宝塚からも貸し出し希望の依頼が舞い込んだり大忙し。
なんでも昨今は、自由選択曲にかなり難解な現代曲を持ってこないと予選通過ができず、そういった曲には当たり前のようにチェレスタが登場するらしい。
そんなわけで倉庫で眠って楽をしていたチェレスタ爺さん、今年は老体に鞭打って働いています。

しかし久しぶりに鳴らしてみると、保守管理の悪さで、典型的なピッチだれ。特に上から2オクターブは明らかにピッチが低い。
チェレスタは、鉄琴をピアノと同じ(幅は倍くらいある)ハンマーで叩いて音を出す構造なので、鉄琴に埃やヤニなどがこびりつくと、鉄筋が重くなって振動数が下がってしまう。
この場合は磨けばほぼ回復するけれど、鉄琴が錆ついてしまった場合は、マリンバやシロフォンのように、削って調律をしなければならないので、時間ができたらオーバーホールしてみよう。

ハッピーバースディをチェレスタで録音したのは正解で、なかなか魅力的な音で録れた。
高いほうの音は、やっぱり低くて、調律師の耳で聞くと、気持ち悪いけどね(悪)
名残惜しそうにチエレスタを写真に収めるアキコ・グレース。



佐山雅弘 Piano Live

今夜はサロンで、佐山さんのピアノソロ・ライブ。
6月から始めた松涛サロン・ジャズシリーズも、はや3回目。
いつものクラシックのコンサートとは違ってドリンク付き。
客席で飲みながらもOK。目の前に降り注ぐアコースティックのピアノの音を楽しむライブです。
何せピアノ1本で、1時間半どのくらいお客さんを楽しませるかの勝負だから、本当に実力を問われる。
アーティストも、新曲の発表や、ここでしかやらないプログラム等を考えて趣向を凝らし、いわゆる手抜きのサロンコンサートとはレベルの違う、真剣勝負の演奏を披露する。
ここでやるからには、ピアノのせいにはできないしね(笑)

ちょっと早めに現れた佐山さんは、早速ピアノを弾き始める。
「ここにくると、素晴らしいピアノが弾けるから嬉しい~」と大喜びでず~っと弾いている。
しかも殆どクラシックを弾いているのが面白い。
本番はさすがの素晴らしいテクニック。
いつもPAを通した音に慣れきったファンの面々も、浴びるほどアコースティックの音を聴いて大満足。
「フルコンの迫力がストレートに響いてくるのに、生の音は疲れないですね!」などと、終演後もピアノの回りに集まって、ピアノ談義に花が咲いた。

次に佐山さんとは、12月の岩手で2台ピアノの予定がある。
狭い搬入経路や1メートルを超えるステージ上げなど難問山積みで、うぇ~と言いつつも、さてどうやって入れようか・・と考え始めてている。
難しい場所、燃えるな~(笑)12月の岩手、魚が旨そう。



バルトーク録音 最終日

このレコーディング期間、ピアニストのパップさんや録音スタッフは昭島のホテルに泊まっていますが、洗濯物の関係で、私は昨夜渋谷に帰った。
しかし今日は3連休の真ん中の日曜日、予想通り高速は朝8時前から八王子~永福町間渋滞20キロ!
やむなく永福町で降り、五日市街道~新青梅街道と一般道に逃げたのが幸いして、1時間半ほどで瑞穂に到着。
今日は11時スタートなので、たっぷり時間がある。
調律が終わった頃、皆さんがホールに到着。そしてステージのピアノの周りに集まって、またまたピアノの賛辞(笑)
そして、最終日の録音が始まった。


宮崎で別れてきたトラック組チームは、私が13日の宮崎20時発最終便で羽田に向かうと同時に、入れ替わりのスタッフが、20時半宮崎着のJALで宮崎入りした。
私が渋谷に戻った頃には、宮崎の地鶏屋さんでのコンサート打ち上げ写メールが届いた(笑)
翌日、延岡でチャリティーコンサートをこなして、宮崎からフェリーで大阪に渡り、1人は新幹線で、岐阜のお客様宅でスタインウェイのペダル修理をこなして東京に戻り、1人はトラックで京都に行って、先月のフルコンオーバーホール後の調律と点検、夕方、徳島に入ったようだ。今日から3日間、徳島でピアノ3台の保守点検なので、応援スタッフが1人、今夜の深夜バスで徳島入りする。
今回、トラック担当の女性スタッフは、1週間トラック野郎で帰れない。その他のスタッフは、こうして飛行機や新幹線や深夜バスまで駆使して、日本中を行ったり来たり。
この網の目のようなスケジュールとトラック、ピアノ、スタッフの手配のパズルのような組み合わせを、渋谷のデスクが考えるのが最近は快感らしく、うまく組みあがった時は、妙に不適な笑みでスケジュール表を渡す(笑)

バルトーク録音のほうは、今日は大ホール以外他の利用もなく、とりあえず予定ノルマの録音をこなして、昨日までの気になる分の録り直しをやった。
もちろん、昨日の歌のエバさんも来てもらって録り直し。ハンガリー大使館の人も見えたので、今日は大人数になって賑やかだ。
ハンガリーの人に紹介される時には「ゾンゴラ・半五郎です」と言うと、びっくりして大喜びする。
ゾンゴラ・ハンゴローとは調律師というハンガリー語なんです(笑)
何とか、予定数の録音を取り終えて、撤収開始。

久しぶりの慣れないホールでの録音に、手間取ったけれど、キャパ1000人ほどの立派なホール、エアコンやトランスのノイズ対策をすれば、ホールの音もグッと良くるはずです。
いろんな用途に使用でき、貸館率も上がり、名前も有名になり、建設目的の文化事業に少なからずも貢献できるようになるのに、その方法がわからず空き小屋になってしまっているコンサートホールが地方には山のようにあります。
これもバブルのツケ。でもそうならないように、一生懸命運営しているホールもたくさんあります。
我々もそういったホールにはどんどん協力して活性化していきたいと思っています。

今回大人気だったこのピアノは、ベーラ(バルトーク)という愛称が付けられて、是非に次回も・・!というわけで、このバルトークシリーズは、ベーラちゃんで行くことになりましたが、当初の予定どおり、この録音が終わったら、全弦交換のオーバーホールに入ります。
我々コンサート部の貸出ピアノたちは、使用頻度にもよりますが、おおむね3年~5年を経過すると全弦交換します。
コンサート使用では何も問題はないのですが、アグラフやカポダスト、駒ピンなどから発生するホワイトノイズがだんだん増えてきて、レコーディングに使用する高性能なコンデンサーマイクは、これを容赦なく拾ってしまうからです。
また、突然の断弦も、貸し出しには禁物ですから。

バルトーク録音 2日目

昨夜はホールのすぐ近くにある安ホテルに泊まって、体調の回復に努めた。不思議とじんましんもすっかり消えて、元通り。

パップさんは朝が苦手との事で、11時スタートになったので、比較的のんびりだ。
9時半頃、ホールに入って調律をしていると、ホールのあっちこっちのドアが開き子供が覗く(笑)
モニター室に利用している楽屋の隣がリハーサル室で、今日の午前中は子供達のバレエの練習らしい。
ドアというドアには「録音中お静かに!」の張り紙がしてあるが、チビッコたちはそんなこと、当然お構いなし(笑)
おまけにお母さん達の話し声。
利用申し込みの時点で、周りの施設の利用状況も考慮するので、こんな場合は当然キャンセルするか、小ホールも含めて、全て借り切ってしまうかだけれど、いまや遅し。知らずにどんどん他の利用を入れてしまったみたいだ。
我々も当日まで知らされていなかったので、何事が起こったのかと驚いたけれど仕方がない。
午前中でバレエの練習が終わったと思ったら、午後からは何とフラダンスの練習。もう笑うしかない。

昔、ホールといえば市民会館しかなかった頃は、遮音設計が悪くて田舎のホールではこんな事もよくあった。
瑞穂のお隣、埼玉県の入間市民会館では、近くに団地があり、ホールの壁で子供達がキャッチボールをする。
録音中にぽ~んぽ~んとノイズがはいる。外に出て、「こら!」と怒ると、「わ~っ」と言っていなくなり、しばらくするとまた、ぽ~んぽ~ん。「こら!」「わ~っ」の繰り返し。
またその近くの朝霞市民会館では、たまたま録音の日と選挙が重なってしまい、ホールの裏の団地に向かってマイクで「00党の00でございます!」が始まる。少し我慢して、いなくなったなと思って録音を始めると、今度は「xx党のxxでございます!」と次々に立候補者が来て演説。まぁいろんな事がありました。

最近は遮音効果に優れた音楽ホールがあちらこちらにできて、こんな事もほとんど忘れていたが、久しぶりの経験をさせて頂いた。(笑)
夕方からは大ホールの利用のみになったので、録音は淡々と進んだ。
今日は数曲だけ、エバさんというハンガリー人歌手も入る曲があったので、ず~っとピアノソロを録っていた耳には、少し雰囲気が変わって、良かった。
パップさんは、ピアノに助けられて嬉しいと、今日もピアノを絶賛で終了。我々としても一安心。




バルトーク ミクロコスモス全153曲の録音

昨夜、大雨の宮崎から最終便で帰ってきたら、羽田は星空。
迎えの車で渋谷に戻り、今日から3日間のレコーディングの準備をしていたので、寝たのが2時過ぎだった。
朝7時に楽器を積み込んで、渋谷を出発。
音友が協力して楽譜も同時に発売するこのシリーズは、今回と来年の1月末にかけて153曲をCD2枚に録音され、TDKコアから発売される。ピアニストはパップ晶子さん。

今回もピアノのプロデュースと、録音するホール探しを担当しているのだけれど、この録音は決定から録音日まで、あまり時間が無く、おまけに3連休とも重なって、なかなか連続3日間空いているホールが無くて苦戦した。
近場でどこか無いかと探していて、思い出したのが、瑞穂町のスカイホール。8年ほど前にコロムビアで、稲本響のデビュー3枚同時録音の時、オリジナル曲アルバム録音で使用したホールだ。
1000席程の手ごろな大きさで、バブルのさなかに建てられた、結構贅沢な作りのホールだ。ただし、横田基地の滑走路の近くにあるので、米軍の飛行機が離発着する時は轟音で、録音は中断する。
稲本君の時にも、確かイラク戦争か何かで結構頻繁に飛行機が来て閉口した。ある時、轟音がいつまでも止まず何分も録音が中断したことがあったのだが、なんとよりによって、ハリヤーとかいう垂直に離発着するジェット機が飛来していてびっくりした(笑)
そんなリスクがある事は皆に伝えてあったけれど、ともかく東京都だし、最近、圏央道も開通して陸の孤島だった瑞穂町も都心から数時間で行けるようになったので、この際飛行機の音は我慢しようと、このホールに決めた。
極東米軍もそれほど有事でもなさそうだし。

渋谷から首都高速、中央道、圏央道と乗り継いで、渋滞と逆方向にすいすいと、1時間ちょっとでにホールに到着。
ピアノを搬入して、調律。
今回の使用ピアノは1966年モデルで、パップさんがピアノ選びにいらした時に「私が出したい音が思うように出る!」と、大変気に入って頂いた一品です。ハンガリーにいた頃に弾いていた楽器に傾向が似ているらしくて、やはり最近はなんでこういった音のするピアノがなくなってきたんだろう・・・という話になる。

録音チームも到着して、セッティング開始してから結構問題が出てきた。飛行機よりも、館内のノイズが多い!
前回は気にならなかったトランスのうなる音。どうやらエアコンを切るとかなりの大きさでうなりだすようだ。開館以来17~8年経過して、電気周りがそろそろ老朽化してきたのであろう。
このホール、オープン当初は八王子の楽器店がピアノの保守管理をしていた関係で、我々も保守点検を委託されていた時期があり、年に数回は来ていたのだが、その頃この立派なホールは殆ど使われていなくて、確か全国ワースト何位の貸館率で「税金の無駄遣い」と週刊誌に書かれたと記憶している。

久しぶりに来てみたら、維持管理経費のカットで舞台の裏方さん達も全員いなくなり、事務職員の方達もすっかり変わってしまっていた。
恐らくシルバー人材センターから派遣されたと思われる裏方の人たちが、録音ノイズのクレームや、エアコンを切ったり入れたりなど、慣れない事に右往左往。
とっても人のよさそうな人たちで申し訳なく思いましたが、落ち着いて録音できる環境ではないので、今回は何とか対処しながら録れる所まで録って、次回の録音は別のホールで録音することにしました。

ピアニストは持ち込んだピアノを喜んで弾いているので、それだけでも救いです。
やはりマイクセッティングに時間がかかり、結局ノイズを避けるために、マイクをオン気味にピアノに近づけ、客席内に立てたアンビエンス用のマイクは撤収しました。
それでも入るノイズのたびに録り直し、何とか8時頃終了。







宮崎市民プラザ

朝起きてみると、やっぱり雨。
トラックでホールに向かい、搬入口に留め置き。
でもピアノは降ろしません。
今回のシリーズは、いずれも訪問コンサートの学校にフルコンが入らないので、B型を積んできました。
したがって、コンサートホールでは、2台ともホールのピアノを使用しています。

今年は5月にアン・アキコ・マイヤースの仕事で、都城に来たので、宮崎は早2回目です。
宮崎市民プラザは500席くらいのとても綺麗な木のホールで、7年位前にできたらしい。宮崎は豪華なホールが数多くあって、九州の中では音楽に力を入れている県のようだ。
東国原県知事になってから、景気も回復しているのか、広島から陸続きに走って宮崎に入ると、急に活気があるように思うのはそのまんま効果か。

ホールの楽器はなかなか良く、最近の新しいスタインウェイ特有の音色ではあるが、保守管理もきちっとされていて、ホールの楽器としては何も問題はない。
しかしそれ以上に驚いたのが、ヤマハCF・SAのバランスの良い事。製造番号584万番台の、少し鳴りはおとなしい楽器だったけれど、なかなか良い楽器でした。
それにしても最近のヤマハは、サウンド・ベルを採用したあたりから、急速にスタインウェイのフルコピーの道を歩んでいて、とうとうピンブッシュまで無くしてしまった(写真参照)。
意識せず調律をしていると、ふっとスタインウェイを調律しているような感覚に陥る。ブルータスお前もか・・。世界に誇るヤマハCF・のクオリティの高さを思うと、もっと独自性を出して欲しかった。

以前、ニューヨークのスタィンウェイがアクションの関節部分を、一般的なクロスからテフロンのブッシュに変えた時期があった。
この最新のテクノロジーも、使用過程で乾燥したり摩滅すると、カタカタと独特のノイズを立てたり、意外と湿気に弱かったりのトラブル続きで、結局もとの一般的なクロスに戻したという苦い経験があった。
この事は、当時スタインウェイの工場でも技術者の間で時々話題になり、果たして、テフロンブッシュをやめてしまったのは、技術の進歩という点では後退したのではないか・・・と言う意見が数多くあった。
結論としては、「あの後、ヤマハが真似しなかったから、我々もやめて良かったのではないか。本当に優れていれば、必ずヤマハが真似するだろうからね。ヤマハのテクノロジーは世界一だよ。まあ、音は好きじゃないけれどね・・」という面白い話を聞いたことがある(笑)
この話を聞いた時に、スタインウェイの技術者の話だから「ヤマハの音は好きではないけどね・・」のくだりは、好みの問題の発言としても「ヤマハのテクノロジーは世界一だから」にはいささか驚いた。
スタインウェイの技術者達も認めるヤマハの技術。
しっかりしろよ、ヤマハ。

話がそれたけれど、本番が始まる頃は土砂降りの大雨。
残念ながら私はリハーサル後、スタッフを残し、宮崎空港まで送ってもらって、20時発羽田行きの飛行機で一足お先に帰京。
明日からのバルトーク・ミクロコスモス全曲録音のためだ。
私を空港まで送ったスタッフは、20時30分宮崎空港着の飛行機で東京からやってきた、私と交代のスタッフを乗せてホールに戻る。
22時30分ごろ、羽田に到着。
迎えに来たスタッフと渋谷の事務所に戻る途中で、宮崎から写メール。題名は「すみませ~ん!」
宮崎地鶏のお店でみんなで打ち上げ乾杯の写真。
やれやれ、宮崎チームは明日の早朝、2時間走って延岡の養護学校の訪問コンサートに行くのだから、早く切り上げるように(笑)
11時頃事務所に戻って、こっそり宮崎空港で買ってきた1050円也の宮崎地鶏炭火焼パックをチンして、わびしくとりあえずビール。



再び宮崎へ移動

朝7時半にスタッフと渋谷で待ち合わせて、のぞみで広島に向かう。
11時半に広島に到着して、浜田行きの高速バスに乗り換えて、北広島の友人の診療所に向かう。
13時頃到着。バス停まで友人は迎えに来てくれた。

彼は85年のキャメルトロフィーというラリーで共に予選を勝ち進み、日本チームに選ばれた代表候補6人の仲間である。
84年の予選の時からの付き合いだから、もう20年以上になる。
当時彼は長崎大学熱帯医学研究所出身の医師で、エイズなどの難病を専門に研究していた。
最近、北広島の山奥に1000坪の土地を購入して、(何と、坪2000円!)診療所を建設した。
彼の亡くなった父が養蜂家だったので、ここは 蜂毒研究診療所になるらしい。

15時頃、留め置きしてもらっていたトラック・デュトロ号に乗り換えて、ここから600キロ先の宮崎に向かった。
さすが山奥を走る中国道、途中のパーキングで休憩で、トイレに行ったら、便器の真下に、枯葉が・・。
おしっこに邪魔なので踏み潰そうと思ったけど、待てよ、まだ紅葉には早いしなあ・・。よく見たら蛾でした(写真)!
順調に九州に入って、夜10時半、宮崎に到着。
相変わらず続く酷いじんましん。とうとう熱まで出てきたので、今夜は早く寝ることにしました。



CM裏話

具合が悪くて這うようにベッドから出てきて、10時過ぎに会社に出社。
今日は秩父に行って、昨日からスタッフが実施している保守点検の最終チェックをしなければならない。まだ微熱があるので、運転はやめて久しぶりにレッドアローで行くことにした。

最近ホンダCMのピアノの件でいろんな所からメールを頂く。
やはり、かなりのインパクトがあったみたいで、なかなか評判が良いらしい。それで、ちょっと思い出した裏話を少し。

ピアニストの動きとピアノの音がピッタリあっているのは、まず8月頭に先に曲だけ仮録音して、その音源に合わせて、現地ピアニストが弾きぶりをしているからです。
そして完成した30秒と15秒のCM映像に合わせて本録音をしたのですが、演奏部分だけでなく、細かいカット割りもすべて音とシンクロさせています。
エンディングは、カデンツ風に完結するバージョンで作っていたのですが、最終的には、アルペジオのパターンが転調してエンドレスで続く形になりました。
これは「CMが終わっても、音楽はずっと耳に残っているように」という意見を取り入れたもの。つまりCMは次々と放送されるので、きれいに完結してしまうとすぐ次のCMに気持ちが移ってしまい、印象が残らなくなってしまうからだそうです。
なるほど、放映されたものを見て納得。
音楽的に違和感があっても、それが全てではないCMの世界は、まさに「餅は餅屋」の話だった。

おっと、レッドアローはもうじき秩父に着きます、それではまた!






スタジオ録音

束の間の2日間東京滞在で、今日は湾岸スタジオという勇ましい名前の録音スタジオに行く。
大井埠頭の宝組の倉庫の中にあるので、大型トラックのままエレベーターで上がっていけるほど全てが大きい。

エイベックスのコンピレーション・アルバムにコロムビアのアキコ・グレースが参加するという、いわゆるアーティスト貸しの録音だ。
アドリブの中でチェレスタを使ってみたいと言うので、一応持ってきました。チェレスタは軽いので1人で積み卸しができます。
ピアノはスタジオ備品のハンブルクBを使いました。
1966年頃の楽器で、調律しながら良く見ると、何本も弦を張り替えたあとがあるので要注意。
こういった楽器は調律中に断弦することがよくあり、そうなると厄介なのでテストブローは弱くしなければなりません。
したがって、調律の保持が保証出来ないので、録音中に何度も治しに入る覚悟をしなければならず、やれやれ…です。
持ち込みにすれば良かったと悔やまれますが、まあ今日の録音は一曲だけなので、我慢してもらおう。

慣れたメンバーのピアノトリオなので、トントンと進んだ。
メンバーの1人、ベースの佐藤ハチ恭彦さんは、何でハチがつくのかというと、蜂ではなく、ただ眉毛が八の字になっているからしい。
ジャズミュージシャンは、結構変わった芸名の人がいて面白い。

夕方終わって、六本木のスイートベイジルに向かう予定だったけど、どうにも体調が悪いので、それはスタッフに任せて、帰る事にした。
最近12年ぶりに復活したひどい蕁麻疹に悩まされていて、今日は高熱も出てきた。
いくら現場が面白いからといっても、ちょっとハードスケジュールなのかなあ…でも暇になったらすぐ死んでしまうような気もする(笑)
てなわけで、今夜は早く寝ますZzzz








山口県周南市養護学校 訪問コンサート

いよいよメインの訪問コンサートだ!
朝6時に防府を出発。思ったより道路も空いていて、予定の搬入時間7時よりも早めに着いた。
教頭先生の案内で会場の体育館に行ってみて、倒れそうになった!
今日使用するピアノが舞台の上にある!教頭先生は、けろっとして、「あのピアノを降ろしてください。」全く聞いてなかった話で、ステージ上げの準備も何も持ってきていない。
舞台上のGPはカワイのぴかぴかのKG5。このピアノを降ろすより、持ってきたB型をステージに上げる事にした。
会社のピアノなら、もし傷がついても帰ってから直せば良いけど、学校のピアノにダメージを与えたら、せっかくの訪問チャリティーコンサートが、後味悪くなってしまう。

さて、考えててもしょうがない。私と女性スタッフの2人で、スタインウェイB型(380kg!)の80センチステージ上げを、30分以内に素手でやらなければならないことは決定したわけだ。
トラックの庫内を探して、車用のパンタグラフジャッキと、毛布を見つけた。役にたちそうなものといえば、これだけ。
とりあえず舞台淵に毛布をかけ、台車に乗せたピアノの鍵盤側を舞台一杯までくっつけて、鍵盤側の両足を外しステージに乗せる。
台車を一杯に上げても最大60cmまでしか上がらないので、あとの20センチは、まだくっついている後ろ足に、教室から探してきた子供用の椅子をかませて、一旦台車をはずす。
横から見ると、ピアノがあごだけステージに乗せて、後ろ足は椅子に乗っている奇妙な姿だ。
次に、外した足をブロック代わりに台車にかませて、また台車を上げる。これをくりかえして、ともかく鍵盤側の三分の一がステージに乗ったので、重心は完全に舞台側に移った。
今度は台車を完全に抜いて、椅子に乗ったままの後ろ足側から、ピアノをステージに押し込む。最後に後ろ足を外して、更に押し込む。
これでやっとステージに亀の子状態になって、上がったわけだ。
あとはピアノを起さなければならない。
大屋根の支え棒あたりのくぼみに、パンタグラフジャッキをかませて、少しずつ、高音側を上げていく。
ある程度上がったら、またまた外してあった足を突っ込み、またジャッキを上げる、の繰り返しで、何とか高音側が30センチくらい上がったので、二人で、一気に立てることにした。
立てるとは、ピアノの低音側を下にして真横に起こすことだ。
そのまま起こすと屋根がど~んと向こう側に開いて傷だらけになってしまうので、事前にロープで縛っておく。
さて、45度くらいまで起した時、予想通りずるっとピアノが横滑りし始めた。おっと、と、と横を見ると、華奢な女性スタッフも必死に支えている。今、手を離したら大惨事。えいや!っと火事場の馬鹿力。
ようやく、横に立った!ここで、ちょっと休憩。
エアコンのない体育館は蒸し風呂状態。噴出す汗と、ハァーハァーが止まらない。あと一時間半で、ピアノを起こして、2台の調律もこなさなければならない。
息が整ったところで、高音側、後側の足を取り付けて、ゆっくりピアノを倒す。後は最後の難関、低音側を床に接地した状態で傾いているピアノを起こして、低音側の足をつける作業だ。
パンタグラフジャッキを低音側のくぼみに差し込んで、少し上げては物を突っ込んでまた上げるを繰り返し、20センチほど上がったところで、2人で一気に持ち上げる。
すかさず私が中に膝を入れて一呼吸し、1人でピアノを持ち上げている間にもう1人が足を横から取り付ける。
何やかんや大騒ぎの末、何とかステージ上げ終了。
機械化した、我々のよぶチャン、ごぶチャン、油圧ピアノ起し機等などの素晴らしさを改めて実感した次第。

全てが終わった頃に、皆さん登場。担当の富国生命の高井さん、平謝りの一日(笑)
これも、養護学校の生徒達に 普段聞きに行けない生のクラシックコンサートを楽しんでもらうため。しかも手抜きのない本物のスタィンウェイを持って来たのだから、何とかしてステージに上げなければ、コンサートが始まらない!
本番はいつものように感動の渦の中で校歌を歌って終了したけれど、いつになく、爽やかな気分になれたのは、出した汗が乾いてきたのかな?(笑)
搬出は富国生命の支店長はじめ、昨夜の打ち上げメンバーのおじさんたちが、総出で手伝ってくれました。

お昼には養護学校を出発して、とりあえず北広島の友人の家に向かい、建設中の医院の庭にトラックを留めて帰ることにしました。
4日後に今度は宮崎に行くので、トラックは広島に留め置きして、我々は新幹線で一旦東京に戻れば、半日早く帰れることに気がついたからです(笑)
案の定、のぞみですいすい帰京。
夜の10時半ごろ渋谷に帰ってきた、お疲れさん!

山口県 アスピラートホール

フコク生命第136回チヤリティコンサート イン 防府!
今日は防府の駅前にある、アスピラートホールでの2台ピアノ。
今回は2台ともホールのピアノを使用します。
明日の訪問コンサートの学校は、入口が狭くてフルコンが入らないので、B型を持ってきたからです。
アーティスト入りが15時で、調律の入りが10時。久しぶりにゆっくり朝食を食べ、ホールに向かいました。
搬入口にトラックを留めて、ピアノを降ろさず調律カバンだけ持って、ステージに上がるエレベータに登る。変な気分だな、とスタッフと吹きだす。今日は久しぶりに、道具だけ持ってコンサートホールに行く普通の調律師だ(笑)

製番54万番台の比較的新しいスタィンウェイとヤマハのピアノが用意されていた。良くあるパターンだ。
午前中にスタィンウェイを調律して、午後にヤマハを仕上げて、2台の同期を取る。このときにスタッフがいると非常に便利。しかも絶対音感があるか否か、すぐわかる。
今回のスタッフは、音楽関係の学校を出たわけでもないし、ピアノは趣味でやっていただけらしいので、最初は、あまりあてにしていなかったけど、さにあらん。どの音を弾いても、和音でも完璧についてくる、完璧な絶対音感所持者なり。こういうスタッフがいると、アシスタントとして非常に助かる。
しかも1人で3トンのトラックを運転して、山口まで行けるようになったし、グランドピアノのオーバーホールもかなりこなせるようになってきた。今は全塗装にはまり中。
彼女が大学を卒業して入社した頃は、まだ子供子供していて、はたして、いつまで続くのだろうか・・と思っていたけれど、27歳になったそうで、最近はちょっと貫禄も出てきて、仕事が楽しくてしかたがないらしい。
大学を出て、大手の企業や官庁に就職した同級生達と10年後に会って、どっちが生き生きしてるか、と判断される時に、やりたい仕事を持っているほうが絶対に輝いているという事を保証してあげなければいけないから、会社の責任も重大だ。
ま、夢のある仕事を追っかけているうちは大丈夫。
こうやって、また1人、育ってくると、うれしいかぎりだ。

15時を過ぎて、中井&武田ご両人の登場。今回はVnの山本さんも加わって3人のステージだ。山本さんはミュンヘンに長く在住で、今回は一時帰国らしい。
大入り満員の客席で、大盛況のうち本番終了。搬出がないので、すぐに帰れるところが素晴らしい。
その後地元のすし屋で打ち上げ。防府のはもづくしは最高!
明日のメイン、訪問コンサートは周南市まで戻るので、朝6時出発!

今月の大移動

今、山口に向かう新幹線の中で日記を書いています。
なにせ時間がぽっと空いた時に、思い出しながら日記を埋めているので、時々さかのぼって読んでみて下さい。

さて、またまた今月も全国を駆け巡るツアーが始まりました。
今日は朝9時に、ニューオータニ幕張で行われる毎年恒例のパイオニア・カーステレオのイベントにピアノを搬入&調律。
あとはスタッフに任せて、新幹線で山口に向かっています。
ピアノを積んだトラックは今朝8時に山口に向けて出発しています。
今回は最年少27歳の女性スタッフが初めて、独りで山口まで、3トントラックを運転して行く事になりました。
台風も近づいているので、ちょっと心配ですが、先日の自衛隊の女性戦車操縦士を見てから「何のこれしき!」と、ハッパをかけています。

今日から8日まで山口、9日移動日で9/10~11日秩父、9/12~18で宮崎~京都~徳島。19日移動日、9/20~21都内でレコーディング、9/22~24旭川、9/26~10/2まで渋川~神栖市~矢板~笠懸、でひとまず終了。
あれ?もう10月だ!(笑)






HONDA エリシオンプレステージ

8月15~16の2日間、サロンで、HONDA新型車のCM録音。15秒と30秒の2パターンを2日間かけて録りました。昨日8月31日、予定通り無事ON AIRされたので、ようやくこの記事も解禁です。

松濤サロンの一面がガラス張りなのは、普段スタジオやホールの閉鎖された空間にいることが多く、ちょっとサテライト気分にしたかったからなのだけど、今回は室内が見えないように、すべてのガラスに暗幕を貼りました。映像を見ながら音を入れていくので、ON AIR前のCM映像が外部に漏れないようにするためです。

スコットランドで撮影してきた映像は、鉛色の雲のかかった山岳地帯を疾走する新型車と、その現場に置かれたグランドピアノのコラボレーション。激しく叩かれる鍵盤の横を通り抜けて行く車。
この映像を見ながら、作曲した音を入れて行くわけだけど、稲本響は、ローズウッド爺さんを使いたいと言っていたので、私は反対した。
21世紀に疾走する新型車のCMに19世紀のクラッシックなピアノの音が果たしてマッチするだろうか?
しかも映像に出てくるピアノは明らかに国産某社の黒ぴかモデル。ウッディな音がご自慢のローズウッド爺さんよりは、Jazzyで今風な音の方がよいのではないかと言うのが、私の反対理由。
そう説得して、ローズウッド爺さんを退かせて、黒ぴかのハンブルクを用意した。もちろんハンブルクと言っても、ニューブルグと呼ばれている位ニューヨークに近い調整になってはいるけどね。

さて、録音が始まって、順調に進み出したので、私は緊急に入って来た、麻布にある録音スタジオの調律依頼に抜け出し、2時間ほどして戻ってきたら、何と!ピアノがローズウッド爺さんに変わっている(笑)
ディレクターが、どうしても「この衝撃的なローズウッド爺さんの音を使いたい!」となったらしい。それなら、従うしかない(笑)
あのまま無難なハンブルクを使っていたら、普通のCMになって聞き流されてしまっただろうから、固定観念などない、こだわるディレクターに楽器の凄さがわかってもらえたのは嬉しい事。
それにしてもローズウッド爺さんは大人気。テレビのCMでピアノが使われる事は多いので、ディレクターもピアノの音にはうるさい。
再生しながら「ほらほら、普通のハンブルクなら、この辺の音域がドロドロいうだけで、音符が見えてこないんだけど、ニューヨークだと一つ一つはっきりわかるでしょ?凄いですよ!」と大興奮です(笑)

そんな訳で、スコットランドの山岳地帯を疾走する「HONDA ELYSION PRESTIGE」のCMをみたら、ぜひ、19世紀生まれローズウッド爺さんの迫力ある音!を聞いてみてください。

CMはこちらから
http://www.honda.co.jp/HDTV/ELYSION/cm-grand-piano/







FC2Ad