退院しました

症状が出てから今日で一週間。
そろそろ点滴も抜いてもらいたくなり、強引に退院。
引き留める医師に、通院に変えてもらいました。

タクシーで帰りながら、久しぶりの娑婆。
今回の入院は、またいろんな経験をさせてもらい、良い休憩になりました。
スタッフに持ち込んでもらったDVDも毎日観れたし。
ただ、入院しながら見るもんじゃないね「おくりびと」は(笑)
何で今回持ってくるかね…うちのスタッフ(笑)

これだけで生きてます

いよいよ入院生活も4日目に突入!
胃も慣れちゃって、もう6日も固形物を食べてないけど、この液体だけで結構平気になってきた。
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強制ダイエット続行中!なんて気楽な事を考えていましたが・・・。

個室が一杯で、ここは胃腸外科の相部屋。周りは腹を切った人達ばかり。
9時半位に消灯になって、テレビもパソコンも禁止の真っ暗なベッドで眠れず悶々としていると、夜中に急に唸り出す人がいたりして、考えてみれば結構、重傷患者が居る訳です。
イビキがすごかったりもするのですが、こんな眠れない夜、まあ人生も後半戦に差し掛かると、自問して、いろんな事を考えます。
技術屋の道を選んで良かったなあ…。

たたかう盲腸

点滴だけの、まるで強制ダイエット2日目に突入!
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個室が満室で、仕方なく相部屋なので、食事の時間がつらい…。
周囲にプンプン良い匂いが漂って来るとキリキリと空っぽの胃が騒ぎ出す。まるで拷問(笑)
最後に固形物を食べたのは、18日夜、「たたかうピアノ」のレクチャーのあと、お客さんが差し入れしてくれた麩饅頭を食べたのが最後だ…麩饅頭が固形物と言えるかどうか(笑)

夕方になって、箱根から社員旅行に行っていたスタッフがゾロゾロ見舞いにやってきた。
差し入れのお菓子を見せるだけ見せて、帰って行った、迷惑なだけだ(笑)
今日も検査、検査。

ついに入院

昨日は1日眠り続けて、薬の効果か何とか歩ける位に回復した。
今日は楽しい箱根に社員温泉旅行!
朝、9時半にスタッフが車で迎えに来て、まず私を広尾の日赤に連れて行って、今夜の船盛り付き晩餐会に耐えられる体がどうかチェックして、午後から車2台に分乗して出発というスケジュールらしい。

まあ、薬でも貰って行こうと、気楽に日赤へ。
担当は、内科のS医師。とっても美人で若い女医さんなので、素直に言うことを聞く事にした(笑)
血液、尿、レントゲン、造影剤注射CT検査の結果は虫垂炎。
美人のS医師に懇願してみた。

「これから、箱根で飲み会をするので、今日のところは、薬で散らすとか、何とか、ナラン?」

「いや~これで飲み食いしたら、盲腸破裂で腹膜炎で死にますよ…」


で速攻入院(笑)
緊急手術をするかも知れないので、外科病棟に入院。
スタッフには、「君たちはこのまま箱根に行きなさい!船盛りは僕の分も食べて良いからね(笑)」
仕方なく売店でパジャマを買って入院。
早速点滴を24時間付けられて、いつ手術するか監視体制。
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やれやれ・・・

鬼の攪乱

胃の辺りの痛みが明け方には右脇腹に移動。
朝になるのを待って、スタッフに今日のスケジュール変更できるかメール。
幸い、何とかなりそうなスケジュールだったので、コンサート以外は変更してもらって、日比谷野音のライブは別のスタッフに任せた。
40度近い熱と腹痛で起き上がる事もできず、ホント昨日じゃなくて良かった(笑)
「たたかうピアノ」は、高木裕の代役じゃ成り立たない。
まさか、戦う相手がピアノから腹痛に変わるとはね(笑)

午後になっても症状は悪化して行く。
実は明後日から箱根に社員旅行。
温泉旅行をみんな楽しみにしてるのに、こんなところで腹痛なんかやってられないから、仕方なく痛み止めと抗生物質でも貰おうと、病院に行く事にした。
あいにくの三連休で病院は休みだが、道玄坂に週末だけやっている珍しい内科を見つけたので、そこに行く事にした。
しかし、右脇腹の激痛が響いて、とても歩けない。
こんな様子でスタッフに連絡して救急車を呼ばれてしまうと厄介なので、這うようにタクシーを捕まえて病院へ。
血液と尿とレントゲンの検査をしたところ、感染反応が異常な数値らしく、取りあえず強めの抗生物質を処方してもらう。
「今日は様子を見て、良くならなければ明日然るべき病院に行くように」との事なので、またタクシーで家に帰り寝た。
薬の効果で少し症状は緩和してきたようだけど、全く食欲無しで、水分だけで過ごした。
夜には缶ビールも飲んでみたけど、妙にしみるように痛くなる。
こりゃビールは飲めない(笑)
明日は治るだろうか・・・。

日比谷野外音楽堂

今日は日比谷野外音楽堂にピアノを持って行きました。
山下洋輔トリオ結成40周年記念で、山下さんと組んできた様々なトリオの歴史を見るという何とも豪華なコンサートでした。
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実は今日、私は千葉に行く予定でしたが、社長の体調が崩れてしまい、急遽予定変更で日比谷に行く事になったのです。
日比谷野音では、流石にクラシックをやった記憶はありませんが、鬼束ちひろさんなどのステージにピアノを持ってきた事があります。
音楽堂と言っても、多少屋根が張り出しているぐらいで外気直撃なので、温度湿度の変化が大きく、さすがに大変でしたが、うちの会社には、数々の持ち込みの経験で、マニュアルがあるので、思ったよりも安定していてほっとしました。
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きれいな夕焼けの中、虹も出たりして、会場は立ち見客も沢山いて大盛り上がり!
フジテレビの撮影が入っていて、この様子は8月8日の深夜に放送されるそうです。
低音側の側面にうちの特徴であるピアノガード用のレールが2本付いているのが映っているかも知れません(笑)!
熱い演奏と共にピアノにも御注目ください!

(N)

たたかうピアノ トークセッション

《音楽寺子屋》ユージンミュージックプランニング主催で行われるトークセッション、高木裕の「たたかうピアノ」第1回目が、目白の自由学園明日館で行われた。
全3回シリーズで、今日はスタインウェイの話。
《スタインウェイの光と影》というテーマで喋って欲しいという依頼だ。
何しろ、このテーマは山のように話があるので、前半後半で休憩を抜いても2時間以上喋ってしまった(笑)
会場は大盛況で、遠くは富山から駆けつけてくれた人もいて、ありがとう!

実は、ここ数日体調が優れず、この日は鼻が腫れて赤鼻のトナカイ状態(笑)
セッションが無事終わって、会社に戻ったら腹痛がするので早めに家に帰ったのだが、ほどなく高熱が出て腹痛もひどくなってきた。
こりゃただ事じゃないかな…と思いつつ、早めに就寝。

おいでませ山口へ

昨夜はトークセッションの打ち合わせや準備で、寝たのは2時頃。
5時半に起きて、眠い目をこすりながら、羽田へ。
7時半出発で山口宇部空港へ9時頃到着。
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高速バスで新山口まで出て、新幹線で一駅戻って、徳山駅で降りて、先に出発していたトラックと合流して周南市文化会館に11時に到着。
せっかく飛行機で来たのに、高速バスと新幹線を乗り継ぐ何て、不便な空港なんだろ(笑)

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今日は周南市文化会館で、中井/武田さんの2台ピアノ+ヴァイオリンのコンサートです。


久しぶりに

渋谷に戻ってきたので、今日は都内の仕事が朝からビッシリ。
それぞれの場所に、スタッフが車で送り迎えをしてくれるので、サボるわけにもいかず、分刻み(笑)

そろそろ、トークセッション「戦うピアノ」の資料作りもやらなきゃならないので、夜はスタッフと打ち合わせ。
先日のインタビュービデオもインターネットで公開されたと言うので、見てみたら、何たるしかめっ面!
おいおい、高木さん笑えよ(笑)
だから、初めて会う人に「高木さんってもっと恐い人かと思いました…」って言われるんだね(笑)

トークセッションの企画書が、送られて来ました。
18日はスタインウェイの歴史、栄光の時代のスタインウェイ。
その他ピアノと言う楽器を掘り下げると言うような話をするらしい。
きっと脱線して、面白い話になりそうだな(笑)



ジェラール・プーレ 相模湖レコーディング最終日

昨夜はプーさん主催の打ち上げ夕食会で、飲んだくれて就寝。
今朝、ホテルの朝食会場でプーさんの朝ご飯を見てビックリ!
納豆にお粥、梅干し、味付け海苔、味噌汁!不思議なフランス人(笑)
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さて、今日の録音は無伴奏を残すのみなので、気が楽だ。
録音初日にホールの湿度が異常に高くて、いろいろトラブルが出たけど、その後はホール内湿度も平均20%以上下がり順調だ。
原因は、数日前からホール利用がなくて、エアコンを切っていたためと判明した。
オーケストラが地方のホールへ演奏旅行に行く時、できれば演奏会の数日前からホールのエアコンを入れて、乾かして下さいと、お願いする事があるように、梅雨時のホールの湿気は大敵だ。
昨日は、フォステックスとスタインベーグという新しい録音機材を評価して欲しいと業者が持ち込んで聞き比べたりしてお客さんが多かったけど、今日は邪魔も入らず(笑)

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2時過ぎには全て録り終えて、余った時間で録り残しがないかチェックして終了。
また1つ作品が出来上がった。
ピアノと機材を搬出して1時間で渋谷に帰れるので、相模湖は便利だ。



ジェラール・プーレ 相模湖レコーディング2日目

相模湖交流センターの欠点は、近くにビジネスホテルが無いこと。
仕方がないので、中央道を次のインターまで走って、上野原のルートインに泊まる。
今朝はホールに9時入りで、昨夜の終了間際に発生したダンパーのウニョン音の修理。
実はスタインウェイのダンパーのウニョン音には困らされる事は多々ある。
コンサートなら気にならないけど、録音ではギョッとするほどのノイズとして聞こえる事がある。
これは、新しいニューヨーク・スタインウェイには良くある症状で、特にW型フェルト部分に多発する。
以前この日記にも書いた気がするけど、昔のNYスタインウェイは、フランス製の良いフェルトを使っていたので、ほとんどこんな事は無かった。

「フェルト会社を経営していた兄弟2人が相次いで死んでしまって、秘密が一緒にあの世に行ってしまったんだ。
現在は別の会社のフェルトを使っているけど、あのフェルトを超える品質は望めなくなってしまった」と、スタインウェイの設計開発セクションにいたビル・ガーリックが良く嘆いていた。(笑)

そんな事を思い出しながら、W型のダンパーフェルトを鋏で切って三角の頂点を短くした。これでダンパーフェルトのウニョン音は確実に止まる。
これは、私が先述のビル・ガーリックに教えてもらった方法だ。
このダンパーフェルトのウニョン音に関して、面白い話があっる。
ビル・ガーリックがスタインウェイ社を辞めてから、何年か経ったある時、マンハッタンでレコーディングをやっていたヨーロッパのレコード会社のスタッフからビルのところに電話がかかってきた。

「ダンパーのウニョン音がうるさくて録音が止まってしまった。何とかならないか…スタインウェイのコンサート部の調律師も手に負えないんだ…週末は録音が休みなので、月曜日までに何とかしてほしい」

ビルは土曜日にマンハッタンまで出かけて行って、ダンパーフェルトを切って、見事にウニョン音を止めた。
84年以降の新しいNYスタインウェイのダンパーフェルトは、W型のウェッジが尖っていて、弦に刺さりながら入って行くので、ゆっくりペダルを戻すと、ウニョンという残響が残るのだ。
スタインウェイの調律師に、ここまで職人技を期待するのは無理だから、さすがビル・ガーリック(笑)
こんな職人がどんどん辞めてしまって、大丈夫かいな…。(笑)

さて、話は戻って、ダンパーのウニョン音もすっかり直り、譜面台の共鳴も、蝶番を外してかしめてOK。
一番年上なのに、今日も元気で休憩もせず、「カラダハワカイデス!」と、ご機嫌なプーさんに振り回されて、スタッフ一同ヘトヘトで終了!

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ジェラール・プーレ 相模湖レコーディング

私の企画した、前回のフランス三大ヴァイオリン・ソナタの録音を、プーレさんはとても気に入ってくれたようで、どうしてももう一枚録音したい!ということになって、今日から3日間、チャイコフスキーやラフマニノフ等、彼の好きなプログラムを録音する。

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場所はお馴染みの相模湖交流センター。
ピアノと機材を搬入して調律。昼前にプーさんたちが現れて、早速音出し。
キャパ500人位のホールだけど、客席をどけて、ステージを客席床とフラットの位置まで下げて、ピアノを客席側の堅い床に移動すると、2000人規模ホールのステージ並床面積が確保できるし、ステージを下げる事によって天井も高くなるし、客席を取り外す数によって響きも変えられるので、歌や弦、ピアノソロ等いろんなバージョンに対応できる。
あの秩父ミューズパークで苦労していた問題が全て解決した。
あの苦労は何だったのかと思う(笑)

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そんな訳で、何度か実験を繰り返して、ようやく使い易くなったこのホールの響きを、プーさんも直ぐに気に入った。
サウンドチェックも一発でOK(プーさんはすごく音にはうるさい)録音も快調。
ところが夜に入り、本日最後のラフマニノフ収録中に、右のペダルをゆっくり戻して行くと、ダンパーからウニョンというノイズが出るようになってきた。
午後から降り出した雨と、録音中はエアコンを切る関係で、ホール内湿度は70%を超えている。
ピアノの鍵盤やヴァイオリンの指板も結露のせいか、ベタベタする。
応急処置をして、録音を再開したら、今度は譜面台が共鳴してノイズがが出る。
これも応急処置をして、録音再開。

8時を過ぎて、みんなお腹がすいてきたのに、元気なプーさんは「カラダワ・ワカイ!」を連発してみんなを笑わす。
ホテルは次のインターまで運転しなけりゃならないので、今夜はホール近くのガストで、アーティスト以外は禁酒の晩御飯。

ショパン連続演奏会第5回

手探りでスタートしたショパンプロジェクトも、5回目を迎え、そろそろ折り返し地点が見えてきた。

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今日のピアニストは山本麻紀。
彼女のお父さんは元日本フィル、お母さんはヴァイオリン、妹はヴィオラ、弟はトロンボーンと、まさに音楽一家だ。
山本家は、私が20代の駆け出し調律師の頃からのお付き合いで、人生でとってもお世話になった5人の恩人の1人(ひとくみ?)です。
麻紀ちゃんは、長い間ハンガリーに留学して、昨年やっと帰って来た。昔、半ズボンを履いていたやんちゃな弟、浩一郎は、ハンガリーからニューヨークに渡り、今や世界的なトロンボーン奏者になった。今日は久しぶりに御両親にも会えて、時の流れが止まったようだ。
完売の席には、日本フィルの関係者など懐かしい顔も。
ショパンが繋いだ素敵な縁で、良いコンサートになりました。

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