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江口 玲 ソロ・コンサート in 行徳文化ホール

成田空港貨物機転覆事故をテレビのニュースで見ていた時は、
この後とんだとばっちりを受けるとは、思いもよらなかった。

23日の事故の日、江口君から緊急メールが届いた。
「成田空港の滑走路が事故で閉鎖され、予約していた飛行機が日本から飛ばず、
折り返し便に乗れないので、振替機を捜しています!との事。

その後も事態は悪くなる一方。遂に全日空は全便キャンセル。
他社便も予約が取れない模様。
逐一主催者に連絡を入れるも、祈るしかない(笑)
何とか本番直前でも滑り込んでくれれば、コンサートはできる。
幸い会場は千葉県の行徳だから、都内よりは成田に近い。
やきもきしているうちに、江口君から朗報。
ニュージャージーからの他社便が三席残っていたので、それが取れたとの事。
飛行機を探すのに徹夜だったらしい。やれやれお疲れ様(笑)

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ともかくコンサートは無事始まった。
久しぶりのソロ・コンサート。
今年のプログラムは、前半はロマン派の作曲家から、
リスト:ペトラルカのソネット104番、コンソレーション第3番、献呈
ショパン:英雄ポロネーズ、スケルツォ第2番、ノクターンop.15-2、バラード第1番。
使用楽器はF1。いつものように乾いた倍音で色彩豊かに情景を描いて行く。
コンソレーションなど、聴いていると何だか泣けて来る(笑)
F1は市川市初登場だから、皆さんびっくりのようだ。

後半はガーシュウィン。
今回はニューヨーク・スタインウェイのアップライト1098も持ち込んだ。
あらかじめホンキートンクに調律して、エンターテイナーなどのラグタイムを演奏。
雰囲気ばっちりで、大受け。そして締めはラプソディインブルー!
アンコールは何とオスカーピーターソン!
会場はブラボー!ピューピュー(笑)
本物のニューヨーク・スタインウェイで、巨匠の作品とガーシュインをやる。
こんな贅沢なコンサート、今日聴きにきたお客さんはお得でした(笑)

時差ボケにもめげず頑張った江口君と、6台ピアノ&3台ピアノで痛めつけられて
ちょっとお疲れのF1も本当にお疲れ様でした!

飛行機のトラブルで私の最悪の体験といえば、2006年1月6日の日記に書いた、
3度のハッピーニューイヤーかな?
ひどい21世紀を迎えた話、読みたい人は、続きをどうぞ!


3度のハッピーニューイヤー

今年は2006年。21世紀に入ってもう5年!
子供の頃に見た、鉄腕アトムや21世紀SF漫画では、車が空を飛び、宇宙旅行やタイムマシーンは当たり前のはずだったのに、何だかあんまり世の中変わってないような気がするなあ・・・。
「20世紀から21世紀へ」と言えば思い出すのが、まさに世紀末の2000年12月。
12月26日から28日までニューヨークのアッパーウエストにあるAmerican Academy of Arts & Letterというホール(マンハッタンではおなじみのホール)で、フィリップスレーベルによる、ショパンとドビュッシーのチェロソナタのレコーディングに参加した。
ピアノはTAKAGI KLAVIER USA INC.の貸出用フルコンの持込。
このホールではもう何枚もCD録音をやったことがあるので、クセもわかっているし、慣れた楽器だからと、軽い気持ちで引き受けた。
気になると言えば、日本での最後の仕事。28日夜に録音が終わって、30日の朝JFKを飛び立つと、日付変更線の関係で成田着は31日大晦日の午後。
この日は池袋の芸術劇場大ホールでカウントダウンコンサートがあった。しかしスタッフがピアノを運び、調整も任せておけるので、私は成田から池袋に直行すればリハーサル、本番立会いには十分間に合うはずだったが・・・甘かった。
レコーディングは予定どうり順調に終わり、29日夜、帰国準備をしていたら、テレビのニュースで「明日は大雪の可能性があります。Emergency of States!」なんて騒いでいる。ニューヨークの大雪には何度もひどい目にあっているので、万全を期して、いつもより1時間早くハイヤーを予約し、朝8時にマンハッタンを出発した。
しかしだんだん吹雪がひどくなってきて、ハイヤーは大渋滞のハイウェイをお尻を振り振り、JFKへ。
何とか時間には間に合ったが、空港はガラガラ。UAの成田行きのカウンターに着いたとたん、非情にも、「空港が閉鎖になりました」のアナウンス。
頭がパニックになりながらも、一人旅の身軽さ、真っ先に空港のホテルリザベイションに走り、空港前のホテルを予約。案の定最後の1室だった。
後から聞いたらレコード会社のスタッフたちは空港のベンチで寝たそうな。
大雪の中危険を冒してマンハッタンまで帰ったとしても、暮れの30日、ホテルなど取れる可能性は少ない。私はラッキーにも空港前のホテルが取れたので、もう大晦日のカウントダウンコンサートは間に合わないとあきらめて、ゆっくり雪見酒!
その日はぐっすり寝て、翌31日。うって変わって快晴のJFK。しかし飛行機は飛ばない・・・どうやら飛行機に付着した氷を溶かしているらしい。
東京に電話をしたら、まさにカウントダウンの真っ最中!
スタッフの「こっちは順調ですから、気にしないでのんびり帰ってきてください」とのありがたいお言葉(笑)とともに、カウントダウンとハッピーニューイヤーの歓声を電話で聞いて、少しほっとした。
飛行機は4時間ほど遅れてようやく出発した。一眠りして、離陸から8時間ほどたったころ目覚め、飛行軌跡のモニターを見たら、もうすぐアンカレッジで千島列島がすでに見えるくらいのところで、どう見ても飛行機はUターンしている!モニターの故障か?いや、そうに違いない・・・そうあって欲しい。しかし何度見てもUターンしている。
どうしても気になるのでコールボタンを押した。スチュワードに聞いてみると、「エンジントラブルのため引き返します。サンフランシスコに緊急着陸する予定です、着陸の30分前に機長から説明のアナウンスがあります」との事。
何?緊急着陸?
周りを見回してもほとんどの人が何も知らずに寝ている。困った・・・とんでもない飛行機に乗ってしまった、と後悔してみても後の祭り。
それにしても静かだ。耳をこらしてエンジン音を聞いてみても、特に異音らしきものもないし、煙が出ているわけでもなさそうだ、しかしぞっとする事に気がついた。
席が操縦室の後ろだったので(席はビジネスクラス・アッパーデッキの一番前、ボーイングの747-400なので操縦席のドアの後ろ)、スチュワーデスが、代わる代わる
中に入っていく姿がよく見えた。入っていく時は制服のスカートなのに、出てくるときはなんと全員ズボンに履き替えているではないか!
こりゃ大変なことになった。窓の外を見ると月が妙にきれいだ・・・もう覚悟した。
今までの人生が走馬灯のように蘇る・・・ほんと、そんな気持ち。
モニターを見るとアメリカ西海岸の海岸線を舐めるように飛んでいる。
そうか・・海に不時着か。今まで何十回世界中を飛行機で旅してきたけど、初めてだ・・・。いろんなことを考える。
やがてサンフランシスコ上空を数時間旋回したのち、いきなり降下してサンフランシスコ空港に着陸。
機長からのアナウンスは「トラブルのためこれからサンフランシスコに着陸します。
地上の係員の指示に従ってください」 たったこれだけ!
何の問題もなく着陸したのはいいが、大晦日にサンフランシスコのような小さい町に、いきなり
400人を超える人たちが予約もなく降り立ったのだから、ホテルなどない。しかも空港にはUAの関係者は一人もいない。逃げたのだろうか。
怒号の中たった一人の空港の職員が数人ずつをプチホテルに振り分けるのだから、時間がかかる。
そのうち外から車のクラクションの嵐とともに歓声があがった。どうやら西海岸も年が明けたらしい。
こっちはそれどころじゃない。朝の3時頃、やっと小さいホテルに案内されたが、当然レストランもやってない。空港のカウンターで渡された食事券$50なんか使えない。結局、冷蔵庫の中のクッキーとチョコレート数枚が晩御飯。
しかも朝7時半に空港に来いとの指示なので、2時間しか寝られない。
テレビをつけたら、なんと東海岸ニューヨークのカウントダウンとハッピーニューイヤーが映っていた。これで3回目のハッピーニューイヤーを経験したわけだ。
2時間仮眠をして、迎えにきた小型バスで同じ飛行機に乗り合わせていた乗客3人と空港に向かう。何だか同じ境遇にあったせいか、JFKでは口も聞かなかった人たちが、団結して話題に花が咲く。
サンフランシスコのきれいな日の出を見ながら、誰かが 「そうか、21世紀の日の出だね」 と言った。すっかりそんなこと忘れていたので、まあ21世紀まで生きてて良かったかな、と思うようにした。
その後、飛行機は順調に飛び、(やはり空港にはUAの関係者は一人もいなかった)成田に着いたのが、1月2日の午後。マンハッタンを出たのが、2000年12月30日、成田着が2001年1月2日。足掛け2年かかったわけだ(笑)
ふらふらと、家に帰ったら、ニューヨークからファックスが入っていた。
「2月6~8日、マンハッタンのSociety of Ethical Calture Hall にて、レコーディングをお願いします」
泣く泣く1ヵ月後、また雪のニューヨークに向かった。もちろんもうUAには乗らず、それからはJALに乗っている。
UAからは、一抱えもある籠に入ったお菓子のセットが届いたけどね。